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An Education
作品賞、主演女優賞、脚色賞にノミネートされていたので是非是非観たかったのですが、どんどん劇場から消えて行って「うう~、オスカーの前には観れんか!」とほぞを噛んでいたのですが、ノミネートされたせいか、うちの近くの小さな劇場が公開し始めて、やっと観ましたが確かに面白かったです。
このキャリー・マリガン演じるジェニーと深い仲になってしまうデヴィッドを演じるピーター・サースガードもとても良かったのですが、この人こういうちょっと怪しい役がタイプキャストになってませんか?別に悪い人じゃなくても、一風変わった人の役・・・。 あと、お父さん役のアルフレッド・モリナが素晴らしかったと思います。難しい年頃の娘を抱えた父親を好演。こう、なんつの、親はとにかく頭が固くて、特に設定が1961年だし、頑固で融通が利かない親父なんだけど、口八丁のデヴィッドに簡単にノセられてしまう情けなさとか、でもすごく娘を思っているところとか、泣かせます・・・・。 それから、お母さん役のカーラ・セイモア、この人どっかで見た事ある、と思ったら、ワタクシのお気に入り、『アメリカン・サイコ』の売春婦役だった人じゃん!この人もお母さんの感じが良く出てた。娘の肩を持って頑固親父に敵対するのは、自分も若い頃、同じ衝動を持って生きてきたからなのだろう、と思うのだけど、帰りが遅い娘を寝ないで待っている母親。帰ってきたジェニーが「何してるの、こんな遅くまで」って訊くと、「鍋の焦げが取れないのよ・・・・」って・・・・。優しいんだなあ。 ジェニーが通う女子高の先生を演じるオリヴィア・ウィリアムズも良かった。あの当時、頭が良くて自活できるミス・スタッブみたいな人は、結婚して家庭に入らなかったがために世間では「オールド・ミス」みたいな見方をされて、ちょっとかたくなになってしまったような、ひっつめ髪でコンサヴァティヴで、余り笑わない、厳しい、可愛げのない女。しかもこの女優さんがりがりで、胸とかもなくて、ホント当時の「豊満な女性の美」というカテゴリーに全く属さない感じが雰囲気出ていたなあ。 ジェニーは、自分がEducation(教育)を受けても、ミス・スタッブみたいなつまらない人間になるだけなら、オックスフォードを目指す意義ってなんなんだろう、と思う。で、それをエマ・トンプソン演じる校長先生に言う。エマ・トンプソンは、トシとってマジに太ったのかもしれないけど、あの腰周りの大きさが、昔の中年の女性って感じでハマってた。カーラ・セイモアもそうだったけど、役作りのために太ったんだろうか。だって、今だったら年取っても細いままでいることも出来るもんね。役作りだとしたら、すごいよなあ。 ****ネタバレ**** アタシはこの映画って、ジェニーとデヴィッドがやんごとなき状況で別れても、なんかさわやかな映画かと思ってたから、何だよコレ~!って思ったよ~。後から考えてみると、デヴィッドめっちゃ気持ち悪いんだけど、観ている時は結構いいカップルじゃん、とか思ったの。ジェニーが脱いだスリップの肩ヒモを戻してくれたりとか、ああいうのって嬉しいもんだけど、あれも作戦だったのかよ! 初夜をバナナで、って下りも、今考えると最高に気持ち悪いんだけど、観ている時は、「ああ、この男、年だけどうぶ」って言うか、男っていつまでもガキみたいなところあるからなあなんて思って、でその後リビングルームに座って冗談言って笑ってるところとか、気が合う二人なんだな、くらいに思ってたの。 アタシも16歳の時に27歳の男と付き合ってたんだけど、あれは80年代だったし、60年代って言ったらどんな感じだったんだろう、と思いながら観ていたのですが、「はっ」と思ったのは、デヴィッドがジェニーを騙していたのに、誰もデヴィッドを責めない、というか、デヴィッドはなんの影響も受けないんだよね。 デヴィッドの親友のダニーだっけ?この人もデヴィッドがそういうことばっかりしているって知ってて、まあいいこととは思ってないにせよ、自分も愛人がいて~、みたいな、暗黙の了解がある。で、ジェニーのお父さんもそれほど激しくデヴィッドに憤らないし、っていうのは、こういうことになるのは「女の責任」という時代だったのか。 デヴィッドの奥さんだって、今そんなことになったら、離婚して慰謝料がっぽり貰って、みたいな感じになると思うのだけど、結婚したままでいるし。しかしアレだよね、若い女と浮気するのが好きな旦那ってのはさ、年を取っていく女にしてみれば本当に辛いことだし、しかも本当に見た目も子供みたいな娘を騙して手篭めにしている男が自分の夫かと思うと情けなくなるだろうね。 これは自叙伝に基づく話だそうなんですが、ジェニーはこんなことで一生を台無しにされるまいと、校長先生にもう一年留年さしてくれと頼みに行く。しかしエマ・トンプソンに「あんた、あたしたちみたいな女になるために教育受けるなんて下らないって言ったじゃん」っつって、退けられてしまう。で、八方ふさがりになったジェニーは、ミス・スタッブのところに行くんだけど、このシーンが一番好きだなあ。 ミス・スタッブは、小さいフラットに住んでて、けして豪勢な生活をしているわけじゃないけど、自分の好きなものに囲まれて暮らしている。それを見てジェニーは、「This is beautiful」って言うんだよね。学校では、冴えない堅物のオールド・ミス!みたいに思っていたミス・スタッブが、実は一番素晴らしいカルチャーを持っていたのだ。 私も音楽やアートが好きで、勉強なんて退屈、先生や親や大人はつまらない人間、意味のない学校なんてさっさと辞めて、世間に飛び出したかったから、ジェニーの気持ちは良くわかるんだけど、大人になってから、学歴がないと本当に生活していくのが大変だとか、また、退屈に思える勉強も、後から考えるとして置いた方がいいな、って思ったんだけど、じゃあそれを今16、7才の人にわかってもらえるように説明できるかって言ったら自信なくて。 でもこの映画でジェニーが校長先生に留年を頼みに行った時、 大学に行って、Educationを受けることをすっとばして自由を味わうってことはできないんだと気が付いた って言うんだよね。「そうか~、それだったんだ!」って思った。ある程度成熟した人間になるまでは本当の自由って味わえないんじゃないだろうかって。それを学ぶことができたのが、ジェニーにとっては「An Education」だったんだろうなあって。 でもさ、一番最後に、「今は、同い年くらいの男の子たちとデートしているけど、一人の子が『君とパリに行きたい』って言うから、『私もよ』って、まるで一度もパリに行ったことがないかのように言った・・・・」って下りがあって、男をあしらう手練手管も「Education」されてしまったのかしらん、って思った(笑)。まあ、それも学ばないに越したことはないけどネ。 |
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エマトンプソン校長が、あまり教育的とは言えない感じがしたんですけど‥。「落ちてく子を見るのはつらい」ってセリフのあとに絶対「でもまた戻ってくる子を見るのはうれしい」って言うかと思ったら、「あなたみたいな子を学校に戻してもムダ」なんてあんまりやないですか‥。あれをエマトンプソンが言うから効くんですかねえ。でもいい映画でした。
アルフレッド・モリーナのお父さんはよかったですね。
最初はガチガチ頭の趣味なんて大学の願書に書くだけだから実際にはやらなくてもいいんだ!なんて言う、訳分からん嫌なおやじだったのに。 紅茶とクッキーを持って娘の部屋のドアをノックする優しさにキューっとさせられます。 デヴィッドとダニーの間にもいわゆる階級差みたいなのがチラッと伺えますが、最後のジェニーの台詞は、自分の身の丈に合った相手がいいんだってことかなと思うし、力やお金のある男捕まえて上に上がるんじゃなくて、自分の力で(ここでは学歴で)クラス(階級)を上げるべし、ってことなのかな~と。 結局、しっかり階級社会なのだと思います、イギリスは。 スピットファイアさん、
コメ、サンクスです! そんなこと言ってましたっけ?あんまり憶えてないや。でも、確かになんかやたらキッツーい感じではあったかもしんない。それって、時代かな~って思って見てたかも。昔は学校とか先生って、絶対だったもんね。 まーちゃん、 モリナさん、いいすよね~。お母さんの方も良かったしね。 どこも階級社会ですよ。アメリカもそうだし。日本もそうじゃないですか? チュチュさん、私はこの映画すっごく好きだな~。
これこそ文部省推奨映画にすべきだと思ったよ。 両親のやさしさが、沁みるよね~。 それから、、てっちゃん5歳おめでとう! 「鉄」にウケました。来年は「哲」にするとか。。 http://thinkingdays.blog42.fc2.com/blog-entry-859.html 真紅さん、
娘の焦燥、親の気持ち、両方とも良く描かれてましたよね。 テツは「鉄」なのよ。アメリカ人に「どういう意味なの?」って訊かれると「Iron Boy!」って答えるの。 そうなのですが、日米はどっちかというと所得による格差が階級を作っている感じですよね?
だけど、イギリスの階級社会は封建社会の日本に近い感じというか…… すごくお金持ちになったからって、商人は武士には、まぁ、なれないわけで…… 一番上のクラスの『大名』も親藩とか外様とかランク分けされてたでしょ。 そういう感じで、ものすごく細かくて複雑な、かつ閉ざされたそれぞれの社会で人々は生きているみたいです。 これを書くのに、ちょこっと調べてみましたが、上手く説明できない;; まぁ1900年代初めを舞台にした小説なんかでも、ハッキリ階級差というのが描かれているわけで、その時代から今でもたかだか100年。この映画の舞台の1960年代というとたった50年。 もちろん、財産はもう全然なくって、今はロンドンのアパート暮らし、みたいな伯爵様もいるらしいですが、門から車に乗ったまま玄関まで数十分かかるようなお家に住んでる、そういう受け継いだ莫大な財産を管理するのが仕事、みたいな人もいるようです。 今の日本人の感覚で理解するのは、ちょっと無理かも…と、思いました。 でも、まぁ、ビートルズみたいに、いっぱい稼いでいっぱい税金納めてくれた人には勲章あげちゃったりもするんですけどね(笑) まーちゃん、
この映画の背景ではそうかもしれないけど、今現在でもそうなのかしら? でも、日本人の感覚では理解できないってのはわかる。こないだ友達と「アメリカの大金持ちって言ったらビル・ゲイツとかでてくるけど、日本で腐るほど金持ってる人って言われて、すぐ出てこない」って話をしたの。 日本の金持ちって言われて、どういう生活しているかって想像できないもんな~ って全然「階級」の話じゃないけど(笑) えとですね。
この映画の舞台となった1960年代から現在までたった50年足らずです。 50年は一人の人間には長い長い時間ですが、社会や歴史から見れば、ほんの一瞬です。 この前のカキコミをするにあたってちょっと検索してみた時に、イギリスに住んでいる、住んだことのある人のブログがHITして少し読ませてもらいましたが、2005年とかの記事だったので、たった5年で劇的に変化があったとは考えられないですね。 それによると、服装から読む新聞、飲むビールに至るまで階級間で色々違うようです。 日本が短期間で変わったのは『敗戦』という出来事があって、外国に占領されたからだと思います。 もし、そんなことがなかったら、今も豪農と小作人とか華族制度とか残ってたかもしれません。 『おしん』は遠い昔々の話ではないでしょう? とはいえ、だんだん変化してきてもいるようです。(世代が代わるにつれて、でしょう) が、全くなくなっちゃうなんていうことは、革命とか占領されるとか劇的な変化がない限りは、まだ先の話だと思います。 まーちゃん、
そうなんだ~。 まあさ、50年は歴史で考えれば短い、ってのは賛成ですが、自分がアメリカに住み始めてからの15年を振り返って見ると、日本もアメリカも確実に変わってるからなあ。たった15年で! でも逆に言えば、人種差別とか、いつまで~も引きずることもあるし、モノによるんでしょうね。 私もさっき見終わって「なるほどね~」とか「大人の世界にあこがれる気持ちわかるな~」とか「やっぱり恋は盲目?」とか「若気の至り?」とか色んな感情が芽生えました。
そんな中この記事を読んでとても共感しました!!読んでて楽しかったです♪ 私も学生でラスト・ティーンなので大人になりきれてない自分の子供っぽさを多々実感します。だから、自分や同級生の男子にはない、年上の男性の知識の豊富さや大人っぽさ、色気などに憧れを感じます。実際年上の方と話すと色んな刺激をもらえて、同年代とは違う楽しさを覚えます!大人の男性のいる世界、見ている世界に私も体験してみたい、見てみたいと背伸びしてしまうんですよね。憧れが願望に変わるみたいな感じです。 ただ、甘い誘惑には苦い仕打ちが人生にはあるんですね。運命を感じたり、大人の色気にうっとりして恋が一気に加速して、でも騙されたと分かって愛が一気に冷め不信になる、この一連の流れってなんか悲しいですよね。 ジェニーが自分の将来を無駄にしないために改めて勉学に励む姿には強さを感じます。男に溺れても自分の人生を棒に振らないところはかっこいいです。ただ、一番最後の下りが・・・。まだ全然若いのに色んな意味で大人になってしまった点は残念です。笑 う~ん色々考えさせられました! でも何より劇中の60’sファッションやメイク・髪型、部屋のインテリアなどがとっても素敵でした♪ このコメントは管理者の承認待ちです
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