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The Squid and the Whale
もーこの親父、最悪。こういう人と結婚したり、こういう人が親だったら、本当、最悪なのだが、これがまさにその最悪の状況に置かれた人たちの話です。
「僕とママ、君とパパ、の対決」 と流れ、テニス・コートではこっちにママ(ジョアン)とフランク、あっちにパパ(バーナード)とウォルトがいる。 全くこの父親のバーナードは、家族でやっているテニスなのに、闘争心むき出し。自分と組んでいる長男に 「母親のバック・ハンドを狙え」 なんて指示したり、次男のサーブがアウトだと言い張ったり、挙句はテメーで母親狙って思いっきり球打って、怒らせたり。 次のシーン、子供たちの会話で、実はジョアンもバーナードも作家なんだけど、ジョアンの方は段々売れてきているのに、バーナードは全く売れず、大学の教授(講師かもしれない)でなんとか食いつないでいるらしい。長男のウォルトが 「ママは本物の作家じゃない。パパは本物だ。ママは、パパに感化されるまで、書いたことなかったんだから」 なんて言っているのを聞くと、バーナードがしょっちゅうそう言っているのだな、なんてことがわかる。 弟のフランクはママ派なんだけど、それだけでなく、この子は余り物事に先入観がないらしく、「ママの方が優れた作家なのかもしれない」とか、父親がバカにする、芸術に興味のない体育会系の人たちでも、面白い人はいる、と思ったりする。 ママは、ローラ・リニーが演っているんですが、かなり共感するキャラですね。設定が1986年なので、丁度ヒッピー文化の真っ只中に青春期を迎えたのだと思うのですが、かなり性的に開放されているようで、子供にもその手の話はガンガンしちゃったり。しかし彼女が浮気していたのは、フリー・セックスを信奉しているからではなく、バーナードが自分の才能を認めてくれないばかりか、売れないことで卑屈になっていることに耐えられなかったからだと思います。 結局この二人は離婚することになるのですが、面白いのは、ジョアンは浮気したことをバーナードに隠そうともしなかったらしい。というか、わざと知らしめるように、手紙や映画の半券を見えるところに置いといたりした、という口論があるのですが、これってなんなんだろう、と思ったら、復讐なんですね。ジョアンはバーナードが作家としてのライバル心むき出しにしてくることが嫌いだったと思うのだけど、だからさっさと別れよう、というんじゃなくて、浮気して苦しめる。 バーナードの方は、すっごい離婚したくないみたいなんだけど、これってさー、この人、人のこと批判したり見下したりするけど、自分はこの家族を失ったら何もない、ってことがわかっているからなんだよね。もう別居し始めてからまたジョアンのところに来て 「家事をやったり、ご飯作ったり、なるべく一緒に過ごすように努力したけど、それじゃだめなのか?」 と言うとジョアンは、 「あなたがいつご飯を作ったの?」と言う。するとバーナードが、 「君が具合悪かったとき」と言うとジョアンが 「あれは私が作ってと懇願したから、やっと作ったんでしょ?」と言う。するとバーナードが、 「・・・・じゃあもっとご飯を作ったら、別れないで済むのか?」と言うするとジョアンは・・・・・ 笑い始めてしまうのだ!! この気持ち、良くわかるな〜!問題はそんなことじゃないのに、全く気がついてないんだよ、この男は。でもこれってさ、無意識に気がつくのを避けているんだよね、きっと。バーナードは、ジョアンに対する嫉妬や、卑屈になっていることを乗り越えるためには、自分はジョアンより才能なかったんだ、と認めることしかないわけよ。でもこれを認めるということは、自分の人格の崩壊になってしまうわけなんですね。だから自己防衛機能として、認められない。けど、何かしないとこの結婚を救えないので、それ以外のことで埋め合わせしようとする。でもジョアンにとって許せないのはこの一点なので、そこじゃなきゃダメなんだ。あーなんとも難しい。 弟のフランクは、完全に父親の子供依存の犠牲になってますね。アメリカでは離婚のとき、Joint Custodyといって、子供は母親と父親の家を行ったりきたりして、離婚しても2人で平等に面倒みるようにすることができる。私の友達もコレで、娘が週末は彼女と一緒、平日は別れた夫といる。バーナードは、火・水・土は自分で、木曜日は隔週で自分、とか移動する子供たちの苦労は考えず自分に都合にいい決まりを作って、子供が変更したいというと絶対ダメ、という。そのくせ、自分は子供が来ている日にウォルトだけと映画に行っちゃったり、週末に旅行に行っちゃったりしてフランクを置いてけぼりにする。で、フランクはママのところに行くんだけど、ママは、今日は子供といる日じゃないから、恋人といる。 それで、酒飲み始め、学校でオナニーして、精子を図書館の本に擦り付けたりという行動に出る。こういうことする子って、自分の居場所がどこなのかわからなくて、孤独なのだろうな。12歳だから、丁度、性的に目覚めちゃうのと、誰かに自分の寂しさに気づいて欲しい、という気持ちが合体して、こういう行動になってしまうんだろうなあ。でも、こんなことしていても、この子は最初のように、余り物事に先入観もなく、洞察も深く、素直でいい子なのよ。ちなみにこの役を演ってるオーエン・クラインって子は、かのケヴィン・クラインとフィービー・ケイツの息子で、すっごいこの役上手いです。なお、ケヴィン・クラインとフィービー・ケイツは、私の大好きな『殺したいほどアイラブユー』で共演しています。 この物語は、脚本・監督のノア・バームバックのほとんど自叙伝らしい。冒頭のナレーションのせいで、フランクが本人なのかと思っていたら、実は長男の方が本人らしい。この長男は父親そっくりで、父親の言うことならなんでも聞いて、お母さんに辛くあたり、父親似だから屁理屈で尊大で偏見強くて、その割りに才能なくて、超ムカつくガキなんだけど、コイツはPink Floydの『Hey, You』を自分で書いた曲としてTalent Show(学校の文化祭みたいなもの?)で演奏し、加えて宿題もほとんどやっていないことから両親が先生に呼び出され、結局、精神科医のセラピーを受けることになる。 で、最初はもちろん小憎らしいこと言って抵抗するのだが、この子は自分が思っているほど頭良くないので、すぐ色々話始めてしまう。ここで、タイトルにもなっているイカとクジラの話が出てくる。ミュージアムにあった、巨大なイカとクジラの展示。小さいとき、怖くて見れなかったが、うちに帰ってから母親がその展示物の描写をすると、それは怖くなかった。あの頃、母親とは友達みたいだった。あの頃、弟が生まれる前・・・・・ これを聞いて、そうかー、と思った。本当はお母さんが大好きだったんだけど、弟に取られたような気がして、それでお父さん側に着き、愛情を得るためにお父さんの気に入るような子供になった。お父さんは自分に自信がなくて依存心が強いから、この愛情に飢えたウォルトを完全に自分の手下に置こうと、色んな心理的プレッシャーを与えて操った。そう考えると、ただ表面だけ見て「この子キライ」と言えなくなってしまう。この、「やなガキ!」と感じさせて置いてから「この子悪い子じゃないんだ!」と思わせる辺りの流れが、映画的にすっごい上手い。 しかもウォルトは、この一連の離婚騒動を通して、成長するのだ。父親に、もうしばらく父親の家には行かないと言う。バーナードは、いつもの「That hurts my feeling(そんなこと言われると傷付く)」とか「Don't be difficult(難しいこと言うなよ)」とか言って、ウォルトの罪の意識に訴えようとするのだけど、今はウォルトは、こんな父親の本性が見えてしまい、可哀想に思って泣いてしまうのだが、うんとは言えないんですね。そして、ミュージアムに行って、例のイカとクジラの展示を見るところで映画は唐突に終わるのだけど、これはウォルトが、現実に立ち向かう、自分の抱いていた恐怖に立ち向かう準備ができた、ってことを示唆しているのだと思う。 ウォルトはそんな風に出来たんだけど、父親であるバーナードは、ずーっとできなかったんだよなあ。こういうところが、人間って年齢だけで判断しちゃいけない、ってところなのよね。大人うんぬんというより、人間の度量と言うかさ。そういう目で見れば、一番大きいのはフランクだよね。バーナードは度量が小さ過ぎる。 淡々としているんですが、こういう洞察に溢れていて、しかも私のようなアホでもわかる描写、でもタイミングが絶妙なので、押し付けがましくない、しかしインパクトの強いキャラの性格描写のある映画です。特に離婚そのものや、それが子供に与える影響をリアルに描写している。離婚が子供に悪い影響を与える、とか、親の子供への接し方がトラウマになる、とか言われますが、確かにその通りなんだけど、多かれ少なかれ、こういう体験がない人はいないわけで、しかも子供はこういう経験を通して成長できるのだなと思った。私も両親離婚して、トラウマも色々あるので、なんか勇気づけられたわ。 DVD特典のインタヴューでローラ・リニーが 「離婚したからと言って、悪い結婚だったとは限らない」 と言ってたけど、その通りだなと思った。 key Word 映画 イカとクジラ ノア・バームバック ジェフ・ダニエルズ ローラ・リニー ジェシー・アイゼンバーグ オーウェン・クライン ウィリアム・ボールドウィン アンナ・パキン 映画レビュー
| トラックバック(1) | コメント(10) | ブログ・レポ | 【2008/06/07 23:38】
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こんにちは〜。
この映画 ずっと前に観たけど 短くてきりっとしまった いい作品でしたよね。 どこかで読んだですが 監督ってやっぱりどのシーンも切りたくないけど そこで潔くできると いい作品ができるとか。 その言葉がまさしくふさわしい。 内容は勿論のこと 最近の長いなが〜い映画のトレンドから一歩引いてる姿勢が気に入りました。 プリシラさん、
私は長さはそれほど気にならなかったけど、気にならなかったってことは、調度良かったってことですよね。その割には書きたいことが多くて、密度の高い映画だったんだなあ、と思います。『ジェシー・ジェームスの暗殺』とか、すっげー長いのに、ほとんど書きたいことなかったもんな。 この映画面白かったですよね〜
観たのは髄分前なので細かいことは忘れちゃったけど。 唐突な終わり方も何か好きでした。 「離婚したからと言って、悪い結婚だったとは限らない」のと同じように、続いてるからっていい結婚だったとは限らないと思うんだけど。 小さい頃、ウチは何か怖くって(オトンが)……今考えれば、別れりゃいいのに。みたいな感じだったんですが…… 結局そのまんまなんですよね〜一時期しきりに『結婚』を勧める母に、「子どもの頃、こんなで凄く嫌だった」と勇気を振り絞って言ったら、母の方は忘れてるのか、私ほど堪えてなかったのか……「幸せだ」みたいなことをいわれて呆然としたことがあります。 まぁ、トラウマのない幸せな子どもなんかごく少数なのかな〜? 私ゃ、他にもいろいろあるしね(~_~;) って、また映画からズレてる…すみません;; まーちゃん、
あれ、これ観たの?書いてないんじゃない?書いてたら、TBしてください。読みたいです。 そうなの、そうなの、離婚してないからといって、いい結婚とは限らないのよね〜。これは目からウロコな思想だったわ。 お宅のお母さんは、この映画の親父みたいに、「不幸だった」と認めると自我が崩壊するので無意識で拒否しているか、もしくは、はたから見るほど、本人は不幸じゃなかったのかも。 これ、多分ブログ始める前に観たんですよね。
だから文章にするためにもう一度考えるということをしなかったので、既におぼろげな記憶しか残ってません。 『幸福』か『不幸』かっていうのは、甚だ主観的なものだと思うのですが、やり直しが利くことってそうそうないように思うし…… あの時あぁしてたらもっと違ってたんじゃないか!?と思ってみても、もう一度『あの時』に戻ることは今現在の時点では不可能なわけで…… 現状と折り合いつけながら生きていくしかないんだろうなぁ…… と、悟った(または、くたびれた)おっさんのように思ったりします。 まーちゃん、
私も最近くたびれてますよ〜。でも、それこそ『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』じゃないけど、良かれと思ったことが悪い結果になったり、どの逆もありきで、それに「結果」って、いつの時点のことを言ってるの?と思いません?まーちゃんの過去に起こったことが、現時点では「不幸」な結果になっているけど、今から10年たったら、全く逆に感じる、ってこともあり得るわけじゃない。 う〜む。なるほど。
そういう日が来るといいんですけど…… つか、まー、来なかったら、来なかったで、「ダメもと」ってことで。
全然フォローになってませんが。 『結婚したからって、離婚しないわけではない』と同じ意味?
ちょっと違う?すいません。 Slowhandさん、
全然違います。 これ以上、どう噛み砕いて説明したらいいか、正直言ってわかりません(笑) |
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