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ウィーザーの『ウィーザー』-・・・ああ、ため息・・・
Weezer / Weezer

やばい。恋してしまったらしい。

何万回も失敗しているのに、なぜ懲りないのだ私は!

男はバカばっかりだとわかっているのに、なぜそれを美化したりするのだ私は!

(男性の皆さん、私の「男総バカ」宣言に腹を立てないでください。これは言外に「私が惚れる男はみんな」というのが隠されているのです。すなわち、「私は男を見る目がない」と言っているのです)

ウィーザー
cd on amazon.com
Produced: 1994
Song List:
1. My Name Is Jonas
2. No One Else
3. The World Has Turned And Left Me Here
4. Buddy Holly
5. Undone - The Sweater Song
6. Surf Wax America
7. Say It Ain't So
8. In The Garage
9. Holiday
10. Only In Dreams
しかししかししかし、ウィーザーなんか聴きながら目がウルウルしているぞ~~~~!!!!

これはマジかもしれない。

ウィーザーのアルバムは、まだ恋愛というものを信じているとき良く聴いてたが、段々一人に慣れて来て、タフになればなるほど、

「イヤ!こういう女々しいの!気持ち悪い!」

なんて思うようになって、全然聴かなくなってしまったのだ。

(女が"女々しい"を否定的な形容詞として使うってのが面白いが)

だって、ウィーザー音楽って、コード進行、ボーカル、ギターのおかず、何をとっても「胸キュン」なんだもん。

その代表的なのが『Buddy Holly』だ。このコード進行、このメロ!

うっふ、ばっちゅのーあむよー
(Woo-hoo, but you know I'm yours)

うっふ、えなのーよま
(Woo-hoo, and I know you're mine)

なんちゃってる歌のバックにギターがぴろぴろぴろぴろ言ってるところとか、2番に入る前の

ぴろろぴーろぴろろろーろ
ぴろろぴーろぴーろろ

なんてオルガンみたいのとかもーツボ!

で、ギターソロの終わりの

きゅうんきゅきゅ きゅうん きゅきゅきゅゅゅゅゅん・・・・

なんて、「"切ない"をギターで表現してみなさい」と言われたら、こう弾くしかないって感じじゃない??

私が好きなのは概ねこの路線を踏襲している曲で、ちょっとドリーミーな『Undone - The Sweater Song』、サビのとこの盛り上がりがちょおおおドラマチック過ぎて「バカくさ!」とか思いながらも必ず一緒に歌ってしまう『Say It Ain't So』、私も良く隠れて歌を歌ってたので思いっきりノスタルジーに浸れる『In The Garage』、イントロのベースが入っただけで泣きたくなってしまう『Only In Dreams』・・・・。

これってさ、哲学的になったり、人生の真理に気付いたり、理論的なモードの時はへし折りたくなるようなアルバムなのだけど、「ああ!怒涛のような感情に流されてしまいたい!愛だの恋だのにどっぷりに浸っていたい!」という時はもー最高!

やばい、本当にやばい。

でも『No One Else』の、

I want a girl who will laugh for no one else
ボク以外の男のために笑ったりしない女の子がいい

When I'm away she puts her makeup on the shelf
ボクのためだけにお化粧をする女の子

When I'm away she never leaves the house
ボク以外の男と外出しない女の子

I want a girl who laughs for no one else
ボクのジョークにだけ笑う女の子がいないかなあ

という歌詞が耳に飛び込んできて、

「ざけてんのか、テメーは!!」

と怒髪天を突いたので、まだ完全に自分を見失ってはいないみたいだけど。

Sigh...(スヌーピー風に)

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ウィーザーのライブ:良かったです!

Key Words
音楽 ロック ポップ ウィーザー
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本日のCD・レコード | コメント(11) | 【2007/08/28 10:29】
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『スーパーサイズ・ミー』-この人まだ生きてて良かった!
Super Size Me

こえ~。この映画観るの2回目なんですけど、観る度に「この人本当に死んじゃうんじゃないか」とハラハラします。一番怖いのが、初めてスーパーサイズを食べたときゲロ吐くところ!あのシーンはすっごいインパクトある。

スーパーサイズ・ミー
dvd on amazon.com
Produced: 2004
Directed by: Morgan Spurlock
Writing Credits: Morgan Spurlock
Cast:
Morgan Spurlock
それと、お医者さんに色々測ってもらうじゃない。コレステロール値とかさ。あれが、マクドナルドを食べ始めて一週間くらいでものすごい上がってて、怖い!計画では1ヶ月間マクドナルドを食べ続けるってことなのだけど、医者の方がビビり出して「止めなさい止めなさい」と言うから、怖ささらに倍増。

あと、夜中に心臓の動悸が激しくなって目が覚めちゃったり、うつ病っぽくなっちゃうところなんかも怖い。

DVDの特典についていた、Eric Schlosser(『Fast Food Nation』という本を書いた人)のインタヴューの中で、

「みんなファスト・フードが身体に悪いことはわかっているが、それでも食べる。なぜか?それはおいしい(Taste good)からだ」

と言っていたけど、おいしいと思う?!私は絶対ファスト・フード食べない。だってさー、いくら食べるのが好きでも、食べられる量って限界がある。その限界の中でできるだけ旨いもん食いたいじゃない。ファスト・フードを食べたことによって、その「おいしいもの」を食べる機会が減るんだよ!もったいなさ過ぎる!一度、友達と車で旅したとき、途中お腹すいて立ち寄ったドライブ・インが、ファスト・フードしかなくて。しょうがないからハンバーガー食べたけど、あの時はマジで屈辱だったな。

ちゃんとしたレストランで食べるハンバーガーは好きだけど、ファスト・フードのって、昔「猫の肉」ってウワサがあったけど、マジ自然な肉に見えない。いくら挽肉と言えども、あそこまで完全に挽かれていると、何が入っているのかわからないし、ぶっちゃけ保存料の味しない?なんか薬っぽい味すると思うんだけど。

マクドナルドばっか食べ始めてから、スパーロックが段々鬱っぽくなってきて、マクドナルドを食べている時だけ気分が良くなるという、ちょっと中毒性があるところを見せているんだけど、あの気持ちってわかるね。食べ物って中毒になるんだよね。甘いもん、脂っこいもん、辛いもん、って、食べ始めると立て続けに食べない?

まあ、この映画の中の実験は色々批判もあって、確かに1日3食マクドナルドを食べる人はいない(・・・と思う)し、食べる量も、毎食全部きれいに食べているわけではない(・・・と思う)ので、批判する側(特にマクドナルド)は、この結果はマクドナルドを食べたせいじゃなくて、一日5000カロリーという「カロリー過多」によるものだ、としている。でも私にとっては、マクドナルドがいいか悪いか、ということより、自分の口に入れているものの影響がいかに大きいか、頭ではわかっているんだけどなかなか具体的に理解できないことをこうして具現化されるとかなりインパクト強い。

あと、テレビの影響ってすごいというのもわかるね、これ観ると。子供が、イエス・キリストの絵を見ても誰だかわからないのに、マクドナルドのピエロは知っている。それとか、あの、なんだっけ?心臓に手をあててする宣誓?あれは全部言えないのに、マクドナルドのコマーシャルのセリフはすぐ出てきたりとか。

この映画を撮ろうと思った動機は、2人の肥満の女の子が、自分の肥満の原因としてマクドナルドを訴えたら退けられたかららしいのだけど、コスト・ダウン重視で明らかに身体に悪いものを正々堂々と売っていいのか、また、子供をターゲットにしていいのか、という、倫理みたいなものを追求しているみたい。実際にタバコ産業は色々な裁判に負けているのに、この肥満のケースが通らなかったのは「タバコと違って、ファスト・フードには中毒性がない」という理由らしいけど、それもこの映画を観ると「本当かなー??」と思えてくる。

まー結局は、「賢い消費者」になるしかない、というのが結論なんだけどね。でもマクドナルドくらい大きい企業になると、金を使って情報操作とかして、消費者に正しい情報が伝わらないようにしたりするってことも考えられるから、スパーロックみたいな人が映画作るってのは、貴重なことよね。でまたこの映画が注目されたってことは、実はみんな興味があったんだろうし。

このスパーロックさん、まだちゃんと生きているのかなーと調べたら、映画にも出てくるベガン調理師の恋人と結婚し、体重も元に戻り、ふつーに生活しているらしい(2005年現在の情報)。あ、あとこのベガンの恋人(奥さん)は、スパーロックのこのマクドナルド月間の後、彼の身体を元の健康体に戻すべく作った食事療法の実体験を基に書いた『The Great American Detox Diet』という本を出版したんだって。色んなことが商売になるものだ。

Key Words
映画 スーパーサイズ・ミー モーガン・スパーロック
映画レビュー | コメント(13) | 【2007/08/27 02:30】
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『全思考』-なんつーありがたみのない・・・
Light reading, but don't take it light

いいな~こんな出してお金取れちゃうって!こんなのブログに書いてる人五万といて、みんなタダで読めちゃうのにちゃんと製してもらって、お金も取れちゃうんだからなあ。いや、もちろん、タケちゃん頭キレるから、鋭いこと言うし、文章上手いし、芸人だからマジメなこと話しててもギャグ入ってるし(またその入れ方がツボを得ていて、噴き出しちゃうのよね)、言ってることいちいちスジが通ってるんですけどね。「こんな」と言ったのは、内容がしょぼいという意味ではなくて、「生みの苦しみ」が全くない、という意味です。こんな200ページの軽いエッセイ、タケちゃんだったら移動の車の中でメモ用紙にざーっと書いたのを校正の人に渡しておしまい、って感じじゃない?

全思考
book on amazon.com
Issued: 2007
Written by: Takeshi Kitano
CHAPTERS
第一章:生死の問題
第二章:教育の問題
第三章:関係の問題
第四章:作法の問題
第五章:映画の問題
でもさすがにおっさんだなあと思ったのは、コンピューターとかに抵抗あるみたいね。携帯でメールしている人たちのこととかすっごいイヤみたい。「ああいう風にしかコミュニケーションしていないと、ああいう風にしか思考できなくなる」と。それとか、を買うのも、実際屋に行くべきだ、なぜかと言うと、探しているが見つからなかったら、全く考えもしなかったような本を買って帰ってくることもある、と。言いたいことはわかるのだが、ネットで本を買っていても、それは同じだと思うなあ。著者名とかで引けちゃうから、その著者の本全部買えちゃったりするし。道具ってのは使う人によって良くも悪くもなるもんだと思います。

でも、CDって、人間が知覚できない周波数の音は情報が重くなるから切り捨てているんだって?「音楽を聴くにしても、生が一番いいというのは、その微妙な聞こえない音も実はちゃんと聞いているということじゃないか?」とタケちゃんは言っているが、それは賛成!そっかー、CDって便利だから好きだけど、そういうマイナス点があったとは。旅行で他の国に行ったり、ライブ観に行ったりすると時々、家でヴィデオとかで見てる方が良かったな、と思うことがあって、生で聴いたり見たりすることの価値ってなんなのだろう?と思ったりするのだけど、飛び込んでくる情報の多さが格段に違うってことなのだな。

それに通ずる話で、映画監督・北野武としては、戦争映画で、何万人の軍隊とかをCGで増幅して見せるより、本当のエキストラを5000人使った方がいいと言う。5000通りの動きがあるから、って。それは一理ある。そういうのが深みっていうものだものなあ。やっぱあれなのよ、その方が安上がりだからとか、簡単だから、という理由でテクノロジーを使うと、どんどん薄っぺらくなって行くんだろうね。アナログでは絶対できないことだからデジタルでやる!とか、常に新しいものを生み出す姿勢で使わないと。

あと、人間というのは模範して学んでいくものなんだけど、完璧に模範なんてできないから、微妙に違ってくる。その微妙に違うところが、その人独自のものに育っていく、と言っていた。だから、コンピューターでカット&ペーストする、っていうのは寸分の違いもなくコピーできてしまうので、その「微妙」な個性は生まれてこない、と。なるほど。

そういう芸術に関するウンチクはいちいち納得させられたな。

"女子高生が「真っ赤な夕陽みたいな」と一言で終わらせる夕陽の色を出すために、画家は苦労をする。自分が経験した「みたいな」を表現することがアートなのだ"

そーなの、そーなの、ソースなの!そいで、この「みたいな」を表現しようとがんばることによって、初めて自分と向き合えるのよ~。さすがタケちゃん、いいこと言うわ。

"・・・自分のために撮った映画を公開するのは、俺が面白いと思うことを、同じように面白いと感じる他人がいることを信じているからだ"

ちょっと、これってさー、私、すっごい昔に自己紹介に書いたことがあるの!私は、私が面白いと思うことを、私と同じように面白いと思う人に出会いたいから、ブログを書いている、って書いたんだけど。タケちゃんが同じように感じているなんて、なんかうれしいわっ。

なんかこの芸術関連のところにすごい共感しちゃってますが、他のところもいちいちうなずいちゃうよ。それは単に私がタケちゃんと同じように感じる人なのか、それともこの人が頭良くて説得力があるから、みんな感化されちゃうのだろうか?毒舌タケちゃんだから、万人が賛成するようなこと言ってるハズないと思うのだけど、一つとして「そりゃー違うよー」とか、「それは納得行かないな」と思うところはなかったね。多分タケちゃんて、説教臭いとこがないんだろうな。言いたいこと言ってるけど、押し付けたりはしないもん。

更に、なんで芸人になったか、どんな家庭に育ったのか、漫才で舞台に上がる時の精神状態、芸人の師弟関係とかの裏話、あの顔がひん曲がった大事故の詳細やその時タケちゃんが感じたことなど、面白かったなー。200ページの割には色々書いてある。余りに読みやすいのでありがたみがないんだけど、この人って他の人が1000ページかけないと言えないことを、200ページで言っちゃってるのかも。

Key Words 本 全思考 北野武
| コメント(0) | 【2007/08/21 20:55】
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『結婚の条件』-オモロい女はどう生きるべきか
Why can't we admit marriage sucks?

に里帰りしたときは、必ず御茶ノ水の三省堂と新宿の紀伊国屋に行って、平台に置いてあるをざざーと見て、良さそうなものはタイトルだけでどんどん買っちゃうんですけど、この『結婚の条件』もそうやって内容を知らずに買ったの中の一冊でした。

結婚の条件
book on amazon.com
Issued:
Written by: Chikako Ogura
CHAPTERS
東京で起こることは全国で起こる/「純愛」の消滅/生存・依存・保存/母と娘の間/勝ち組の主婦たち/「Very」な生き方/「Very」から「Story」へ/新しい働き方/創刊号の謎/だめんず・うぉ~か~/腰掛け総合職/娘の結婚は父親と国で決まる/恋愛とフェティッシュ/「うっかり・しっかり・ちゃっかり」の法則/拝啓、西村知美様/夢追う男
なんでこのが目に留まったかと言うと、

「うちの子がなぜ結婚しないのか、このを読んで全てわかりました!」

という帯が目を惹いたからです。

私は自分がなんで結婚しないのか知りたいよ。厳密に言うと私は一度結婚していたことがあるのですが、あれはノリつーかなんつーか、たまたまチャンスがあったからしてしまったって感じで、それまでは結婚なんかに縛られるの絶対イヤと思っていたし、その後も何人か付き合った人もいるのですが、段々結婚以前に恋愛自体も面倒くさいなと感じるようになってきた。そういう心理がこのを読んでわかるのだろうか!?と思ったわけです。

読んでみたらすっげー面白くって、一気に全部読んでしまい、もっと読みたくて『セックス神話解体新書』もすぐ買っちゃったくらいなのですが、今までこの本について書けなかったのは、イマイチ何が言いたいのかわからないからだったの。一応、話の大筋としては、日本には少子化問題ってのがあって、それの原因は、子供を生む年齢の女性たちが「適当な相手が見つからない」という理由で結婚しないからだ。では、その女性たちの「結婚の条件」というものを検証してみよう、という感じでしょうか。

多分この人、すっごいロマンチストで、「恋愛と結婚は別よ」とか、「三高」とか言って、結婚を経済的な手段と考えている女の子たちにムカついていたのだろうな。それでそういうことを色々調べているうちに、女性のそういう結婚観(恋愛観)は社会の構造や文化が生み出すもので、女は基本的に男に依存しないと生きて行かれないという構図で社会が動いている以上、こういう女の子たちはいなくならず、逆に「それだったらその恩恵を最大限受けてやろうじゃないの」と、開き直るヤツが出てきたのも尤もだと。

で、なんでみんな結婚しないかっていうと、この「最大限の恩恵」を与えてくれる「適当な相手」がいないからだと。結婚は社会的、経済的契約であり、愛とか恋とかで流されてするとロクなことにならない(こうしたいわゆる純愛を表現するのにスーパーの前で今川焼きを売っているヤンキーの若い夫婦が出てきたりするところがすっごい可笑しい)。

こう考えて見ると私が結婚しない理由は、経済的にも社会的にも男に依存するのがイヤだからだな。この本で書かれているように、学歴や生活環境でとても一人では食べていけない人が結婚によってしか生き残って行けないというのはわかるので、自分もそこまで追い詰められれば考えちゃうけど、理想は自分で自分を養って行くことだな。一人で不安、って気持ちはあるのだけど、二人が安定してるかって言ったら、それも疑問だしね。要するに私にとっては結婚の恩恵って全く意味がないのだな。子供も欲しいと思わないし。

で、じゃあなんで最近恋愛もめんどっちいかと言うと、小倉さんが下記のように表現してくれた。

"あの谷に行くとショッカーがいるから絶対行ってはいけないとさんざん言われているにもかかわらず、「あ、あそこにきれいなお花が」とか言いながらショッカーのいる谷にのこのこ行ってしまう。そういう「うっかり」した女がいないと、仮面ライダーは変身して敵と戦えないのだから、仮面ライダーと「うっかり女」は「共依存」していると言えるだろう。

一方、言われるまでもなくショッカーの谷には行かず、行かないのにもかかわらずなぜかショッカーがやってきて、それをまた仮面ライダーに頼る方法を知らないので、自分の力だけでやっつけてしまう女を「しっかり」した女と言う。

「うっかり」して「ちゃっかり」した女は、いつも仮面ライダーに守ってもらえる。しかし「しっかり」した女は、仮面ライダーに守ってもらえないし、実際仮面ライダーを必要としないのである。恋愛がそういう「うっかり女と仮面ライダー」の関係なら、恋愛はしたくないと思っている女は実際たくさんいると思う。"

そうなんだよなー!私がしっかりしていると言ったら友人がみんな笑うだろうけど、男といると、ことさらしっかりできなくなるよ。男は頼られてないと思うとがっかりするみたいで、傷つけるのも可哀想だと自分を作っているうちに段々自分らしくなくなってきて、それでイヤになっちゃうのだ。逆に「しっかり」女が好きな自虐的な男もいるんだけど、そういうヤツはそういうヤツでべったり頼ってくるからうざいし。

それと致命的だなと思ったのは、"女はギャグの「受信機」でなければいけないが、「発信機」になってはいけない"。特に美人は少しでもハメをはずすと

「キミってイメージと違う人なんだね」

と言われ、「これは否定的なメッセージである。がっかりしたという意味である」と小倉先生は言っているんだが、これって本当なんだよー!私の場合は美人だからじゃなくて、

「お前は黙ってれば可愛いんだけどなあ」

って言われるんだよ!小倉先生の故郷大阪でさえ、オモロイ女はXなんだって。合コンの帰りの大学生が

「○○ちゃんて、カワイよなあ」
「せやけど、あいつオモロかったやん」
「そやねん・・・・」(重い沈黙)

という会話をしていて、小倉先生は、

「オモロかったら、なんであかんのん?オモロい方がええやんか」と、会話に加わりたくてウズウズしたんだって。私もウズウズするよ!

という風に最後、恋愛観に移っていくところが一番面白いのだけど、ここより後の話は命題から少し逸脱しているような感じで、それでまとめて感想を書こうと思ってもなかなか書けなかったの。でも今まで「おかしい」「なぜだ」と思っていたことを分析してくれ、「こうに違いないのに説明できない」と思っていたことには言葉を与えてくれ、また自ら世間の女性像に囚われて打破できなかったところを指摘してくれ、読み終わったあと清々しい気持ちになることには間違いないよ!

小倉先生のほかの本
■赤毛のアンの秘密
■松田聖子論
■セックス神話解体新書

Key Words 本 結婚の条件 小倉千加子
幸せな結婚しよう | コメント(8) | 【2007/08/19 21:51】
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『天使のくれた時間』-天使じゃなくて悪魔だよ!
The Family Man

観終わって最初に思ったのは、「これって政府が一億総中産階級を目指して作った、プロパガンダ用映画みたい!」

だって、ウォール・ストリートで130ミリオンダラーの合併プロジェクトを任されているやり手ビジネスマンで、フェラーリに乗り、マンハッタンの高級アパートに住み、自分は必要なものは全部持っていると言い切っている、結構幸せそうなジャック(ニコラス・ケイジ)に、天使であるらしいキャッシュ(ドン・チードル)が、「お前には愛がないじゃないか、気付いていないのだろう?おれが気付かしてやろうじゃないか」と、わざわざ夢にして見せてしまうのよ。それって、ちょっと太めではあるがアイスクリームやチョコレートを食べると幸せで、さして体型なんか気にしていない女の子に「痩せた方がいいわよ」と言うのとあんまり変わらないんじゃない?

family-man.jpg
dvd on amazon.com
Produced: 2000
Directed by: Brett Ratner
Writing Credits: David Diamond, David Weissman
Cast:
Jack: Nicolas Cage
Kate: Tea Leoni
Cash: Don Cheadle
しかもその夢というのが、13年前に別れた彼女、ケイト(ティア・レオーニ)との結婚生活で、郊外の一軒家に子供が二人、車はSUVで、娯楽はボーリング。クソ寒い中犬を散歩に連れて行かねばならず、おまけに仕事はタイヤのセールスマンという、中産階級のステレオタイプそのものなわけだな。で、最初ジャックは余りの環境の違いに「元の生活に戻らしてくれー!」と抵抗するが、お約束どおり最後は、こちらの生活が好きになる。

このジャックとケイトの家庭というのが現実離れしている。奥さんはきれいで、子供は可愛い。義理母、義理父ともうまくやっているし、近所に住んでいるのは何十年来の幼馴染。仕事はタイヤのセールスマンだが、義理父の店で、商売は上手くいっていて、ジャックはそこでもベスト・セールスマンだ。しかもジャックとケイトは結婚13年経った今でもお互い恋し合っている。

ある夜、ケイトが慌てて寝室に入ってきて、「子供が寝たよ!」とそそくさと服を脱ぎ、ジャックとセックスしようとする。で、ジャックが「ワインでも飲んでゆっくりと」と言うと、「あなた10時には寝ちゃうからそんなヒマない」と言うケイト。するとジャックが

「君はなんてきれいなんだ・・・。大学の頃も他の子よりきれいだったけど、今は本当に美しい"女"になったね・・・」

「あなたどうしてそんな目で私を見れるの・・・。まるで過去13年間毎日私を見ていたとは思えないような目で・・・」

そりゃそうだ、このジャックは13年ぶりにケイトを見たんだから。しかしそれに感動したケイトは、この夜を特別なものにしようと化粧をし、セクシーな服に着替えるのだが、寝室に戻ってみると案の定、ジャックは寝てしまっている。やさしく布団をかけるケイト・・・・

・・・・普通はこういうのがまず諍いの要因になるのだよ!

結婚の描写が思いっ切り理想的なのに対して、「ウォール・ストリートのやり手ビジネスマン」という描写は必要以上に俗っぽくて、それがすごい作為的に感じる。フェラーリ、高級アパートもそうだが、13年前に別れた彼女(つまりケイト)から「電話ください」というメッセージが入っているのに「クリスマス・イヴのノスタルジーだ」と冷たく言い放ってかけ直さない。ジャックの同僚は「古い恋は確定申告と同じ。保存しておいて、3年経ったら捨てるものだ」なんて非情なアドバイスをする。

しかし、そもそもジャックは13年前にケイトを捨てたわけではないのだ。自分がしたい金融の仕事に有利なインターンシップをするために一年間だけケイトと離れ離れになったことが結果的に彼女を失うことになってしまったのだが、こういう岐路にみんな一度は立たされ、様々な決断を下して生きて行くもんだと思うのだが、いつの間にかジャックは仕事のために彼女も捨てる冷酷人間かのように描かれている。

さらに、夢の中の結婚生活に慣れてきたところで、天使は「ちょっと覗き見させてあげただけだよ」と言って強引にジャックを夢から起こし、現実であるウォール・ストリートの生活に戻してしまう。すると、130ミリオンダラーのプロジェクトはオシャカになりかけていて、今すぐジャックが本領を発揮してビシバシ働かなきゃならないのに、夢の中の生活で見たケイトの事が忘れられず、仕事をおっぽって会いにいってしまうのだ!

ケイトは高給取りの弁護士になっていて、フランスで事務所を開くために今夜、パリ行きの飛行機に乗るという。空港まで追っかけ、行ってくれるなと懇願するジャック。まるで13年前の逆バージョンだ。ケイトは、

「13年前、最初は辛かったけど、がんばって先に進んだの。私はもう過去のことは清算したわ。あなたも乗り越えて!」といい、飛行機に乗ろうとする。するとジャックは、夢の中での二人の結婚生活をとくとくと説明しだし、「パリへ行くのはいつでも行けるじゃないか。お願いだ、コーヒー一杯だけ、付き合ってくれないか」と迫る。

するとミラクル的にケイトがその話に感化され、「OK・・・」と言う。そして最後のシーンは暗い空港のカフェで、二人が会話をしているシーンで終わるのだ。

あのさ、これって、13年前の辛い別れを乗り越えて、自分の好きな仕事で成功した二人の男女を、無理矢理結婚生活に収めようと言うのか?だいたい、あれから13年経っていて、ケイトはもう同じケイトじゃなくなっているから、これから二人が付き合い始めたとしても、夢の中のような「理想の家庭」にはならないだろうし、現実的に考えてみると、ケイトは結局フランスに行くと思うよ。で、ジャックはプロジェクトの失敗とフォローアップをしなかった責任を取ってクビか辞任、その後もまだ本人にヤル気があれば生活レベルを落とさない程度の再就職は可能だと思うが、今までの自分の生き方を否定され、夢の中のような生活に憧れてしまったとなっては、こいつの人生はめちゃくちゃじゃないか。

とか言うと、「ファンタジーだからいいんじゃない」って言う人が必ずいるんだけどさ、これを見て幸せな気分になる人って誰なのよ。仕事が好きで独身の人たちは、自分たちがまるで「金、金、金」で生きているヤツであるかのような描写をされ、ここまでなるためにしてきた努力とか、好きな仕事、自分が向いている仕事に出会えた幸運とか、そういう正の部分はばっさり切りとられてしまっていて、見てて面白くないんじゃん。クリスマス・イブも夜遅くまで働き、クリスマス当日も朝早くから会議をやると部下にはっぱをかけるジャックを「愛する人もいない仕事人間」みたいに描いているが、ビジネスマンにしてみたら、そりゃ130ミリオンダラーの合併プロジェクトが控えているとなったらしょうがないじゃないかと思うでしょ。私が勤めている小さい会社だって、クリスマス休暇中に問題が起こって、ほとんど会社の人全員が駆り出されたことがあったけど、確かにいやだよ、そういうことは。でも、そのときみんなで問題を解決したという達成感はあるのよ!

逆に結婚して家庭を持っている人たちは、セックスだけでなく、恋どころか愛でさえどう維持して行くかでものすごい苦労し、夫も妻も働かなければ食べて行けないような状況で夫婦間がギクシャクしちゃう人もいるだろうに、性生活も愛情も問題なく、夫の収入が十分なので奥さんが非営利の弁護士をやっていられる、というジャックとケイトの家庭を見てすっごい複雑な心境じゃない?こういう夫婦が存在しないとは言わないけど、現実はもっと厳しいと思うのだが。

そして独身で仕事も特に思い入れのない私なんかから見ると、愛がなかろうが何しようが、自分の生活に満足して生きられるという幸運な人を、なんでわざわざ不幸に落とし入れるのか?!と思う。

本当はこの映画って、「やっぱり愛は、お金より大事よね」という、毒にも薬にもならないようなラブコメにしたかったんだと思うんだけど、それがなんか微妙に「仕事より結婚の方が大事」にすり替わっちゃってるのだ。それは製作者の頭の中に、「金=仕事」「愛=結婚」という、えらく単純な図式しかないからだ。・・・というのが私の意見なのだけど、ニック・ケイジって『ロード・オブ・ウォー』とか、結構考えさせられちゃう映画に選んで出たりするから、この映画もマジで「仕事と愛、どっちが大事なんだ、君にとっては!」と迫っているのかも知れないけど。いや、でもそれだと仕事と結婚の描写にバイアスかかり過ぎているしなあ。やっぱ駄作!

Key Words
映画 天使のくれた時間 ブレット・ラトナー ニコラス・ケイジ ティア・レオーニ ドン・チードル
映画紹介 | コメント(4) | 【2007/08/19 12:39】
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『ラブソングができるまで』-怒れ!ラブコメ・ファン!
Music and Lyrics

冒頭の80年代人気ポップ・バンド、その名も『Pop!』のPVにはひっくり返りました。80年代を実際に体験した私には、あれがパロディぢゃなくって、「まんま」だったってことがよぉ~くわかっているので、余計に可笑しい。

ラブソングができるまで 特別版
dvd on amazon.com
Produced: 2007
Directed by: Marc Lawrence
Writing Credits: Marc Lawrence
Cast:
Alex Fletcher: Hugh Grant
Sophie Fisher: Drew Varrymore
この映画って、VH1の『Pop Up Video』とか、『Whare Are They Now?』とか、昔のアーティストを取り上げた番組にインスパイアされてるよね。VH1って、日本でも観れるの?私もこのチャンネル観たの10年くらい前だから、今でもこういう企画で番組作ってんのかどうか知らないけど、あの頃過去の遺物と化していたヘア・メタル/ヘビメタ/LAメタルなんぞも取り上げられてたから、良く見たなあ。

とにかく、そのPVが超可笑しかったのでかなり期待していたのだが、程なくしてあのPVがこの映画のクライマックスだということが明らかになり、段々腹が立ってきた。

アマゾンでカスタマー・コメント見てみたらほとんどの人が「・・・定番のラブコメって感じですが、ヒュー様素敵!ドリュー可愛い!曲が感動的!80年代の音楽好きな人必見!」って書いてあるのだが、みんな、本気で言ってんの?

まずみんなが口をそろえて「定番のラブコメ」と言っているところが臭い。私は余りラブコメを観ないので「定番」がどんなもんなのか知らないが、これが定番だったらラブコメが泣くよ!本来なら「定番」というのは、みんなが期待しているところで盛り上がり、期待通りの感動を得ることが出来るものをいうのだが、アマゾンでみんなが言ってる「定番」ってのは月並みな、取り立ててどーこういうことがない、つまらない話、ってことでしょ?

それにだな、80年代の音楽好きな人必見とあるが、80年代の音楽に関するリフェレンスなんてほとんど出てこないよ。最初のPVと、その後、アレックス(ヒュー・グラント)が80年代に活躍したアーティストを集めてボクシングさせるという下らない企画番組に誘われるときに、他の出演者、という触れ込みで当時のバンドの名前がちょちょっと出てくるだけじゃん。

80年代のポップ・バンドもそうだけど、中身のないスピリチュアリティをフィーチャーしつつ実はセクシュアリティしか理解できない女性アーティストとかもただ単にパロディ化して笑いを取ろうとしているだけで、音楽業界に関するマジメな洞察とか、80年代ポップ・ファンが見ていて思わず「ニヤリ」とするような知識とかは全くなく、音楽を題材にしていながら題材に対するリサーチに時間も労力もかけてない。そういうことすごく好きな人が製作者側に一人もいない、ということだな。愛がないのだよ!

そこへ輪をかけて何、あの曲!いくらなんでもあんなアホみたいな曲がヒット・シングルになるかっ!あの曲の質の低さは、音楽を背景にした話でありながら、製作者側が音楽に全く力を入れていない、要するに「手抜き」ということが良くわかる。

こういうお約束路線のラブコメとか観て文句言うな、っていう意見もあるかも知らんが、それは違うと思うな。ヒュー・グラントドリュー・バリモアのネーム・ヴァリューに頼っているだけで、脳みそ使わないで書いたようなスクリプトを使っているから、役者が全然輝いてないじゃない。最初にソフィー(ドリュー・バリモア)が登場するシーン、アレックスがドアを開けたら「ハイ!」って出てくるドリュー・バリモアを見てうんざりしたよ。なんか「またか!」っていうかさ。「定番」とか「ドリューらしい役柄」とか言うんじゃなくて、ドリューのキャラそのものに頼り切っちゃって、役者の中からキャラクターを引っ張り出そうという製作者側の意欲が全く感じられないじゃん。ヒュー様もそうよ。散々可笑しな踊りとかだけやらしておいてさ、彼の役者としての資質とかを引き出せるようなセリフも見せ場もないじゃん。

これは「ラブコメだからええじゃないか」という不届きな態度で作られた映画だと思う。こんな駄作を受け入れていいのか!?怒れ!ラブコメ・ファン!

Key Words
映画 ラブソングができるまで マーク・ローレンス ヒュー・グラント ドリュー・バリモア
映画レビュー | コメント(4) | 【2007/08/12 08:04】
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『ブラック・スネーク・モーン』-ブルースとサム・ジャクソンが好きな人は是非
Black Snake Moan

いやー、変な映画だ!これ、嫌いな人は大嫌い、理解できない人には全く理解できないと思う。なんつったって主演があの『スネーク・フライト』のサミュエル・L・ジャクソンだもの。この人って、良きにつけ悪しきにつけ、「フツーの映画には出ない!」って決めたんじゃないかと思うよ。

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Produced: 2006
Directed by: Craig Brewer
Writing Credits: Craig Brewer
Cast:
Lazarus: Samuel L. Jackson
Rae: Christina Ricci
Ronnie: Justin Timberlake
Angela: S. Epatha Merkerson
Reverend R. L.: John Cothran Jr.
冒頭、とあるブラック・ミュージシャンがブルースと恋愛の相互関係について熱く語っている白黒の映像に続いて、レイ(クリスチーナ・リッチ)とロニー(ジャスティン・ティンバーレイク)の濃い~エッチシーンで始まり、そこから30分くらい、ほとんど裸同然のクリスチーナ・リッチがファックしまくりの映像が続く。ラザレス(サム・ジャクソン)は女房に別れ話を持ち出され、かなり往生際悪く、アブナイ男になって行く。

小さいときに性的虐待を受けたためにやりマンになってしまったレイを鎖につないで更正させようというプロットがかなり奇異なのだが、考えてみればこれは悪魔祓い=エクソシズムなのだよな。と思ったのは、レイが高熱にうなされて、ラザレスの名前を呪文のように「ラザレ~~~ス」と呼びながら、ラザレスの奥さんが言ったのと全く同じ言葉「I don't give shit about you people!」を呪いのようにと叫んだとき、ラザレスは聖書を引っつかんで表に逃げて行く。ここは結構笑うのだが、ラザレスにとっては、マジでレイは邪悪なものの具現化なのだ。

だから、ラザレスが意を決してバスタブに氷をざばざば入れ出したとき「悪魔祓いするのかよ~~~~!!!」と思っってしまったのだが、実はこの行為は、ラザレスが見えないものへの恐怖を乗り越え、物事の本質を見極め(レイは悪魔憑きではなくて高熱にうなされている)、そしてそれに冷静に対処しよう(熱を下げるために氷水に浸ける)という姿勢なわけなのだな。

そして、レイの憑物を落とすことが自分の中の邪悪なものを追い払うことになると思ったラザレスは、40LBの鎖を物置に取に行くのだっ!

と、わかったようなわからないような解説してるけど、かなり支離滅裂よ、この映画。でもそういう荒削りなところが魅力なのかもしんない。それにクリスチーナ・リッチとサム・ジャクソンが、プロットのはちゃめちゃさを補って余りある演技をしている(ジャスティン・ティンバーレイクを褒めている人もたくさんいたけど、私はそれほど感動しなかった)。

クリスチーナは、完全に「南部の、生活水準の低い、性的虐待された、スレた、やりマン女」になりきっててすごかった。デカ目・ブタ鼻の個性的な顔つき、冷蔵庫より背が低い小さい身体、子供っぽい声、全てがこの役にばっちりハマっていた。あの声に南部訛りってすごいハマる。

サム・ジャクソンはこういう信心深い狂気の男やらせるとすごい。『パルプ・フィクション』で、大学生のドラッグ・ディラーを処刑するときに仰々しい演説をしてから撃つシーンがあるじゃん?あれのサム・ジャクソンを思い出したよ。しかも、ラザレスは昔ブイブイ言わせていたブルース・ギタリスト、という設定なので、ギターを弾きながら歌うシーンがいくつかあるんだけど、これがこの映画の最大の見所、といっていいと思う。歌もギターも曲も、別にすっごいいいというわけではないのだが、演奏のシーンになると目が離せないというか、なんだか惹き込まれる!

それと、彼の歌に心の平安を見出したレイが、自分もギターを弾いて歌おうとするのだけど、その歌が非常に素朴で素人臭く、でもだからこそ純粋に心の中から出てきた歌、って感じがして良かった。ブルースとかをフィーチャーしているからって、レイみたいな子にいきなり魂の叫びのようなすごい歌を歌わせたりしないところが、これはかなり音楽知っている人が作っているのだな、という印象を受けた。

あと、脇役の神父さん(ジョン・コスランJr.)とか、薬局のおばさん(S・エパサ・マーカーソン)とかが、信心深い良き南部の黒人を好演してまたいい味出してる。薬局のおばさんは、確かに年で太ってもいるのだけどとても魅力的な女の人で、この人とラザレスが恋していることの方が、若いレイとロニーよりよっぽど微笑ましい。それから神父さんの方はちょっと捻りのあるキャラで面白い。彼はレイに「悪いことをした人が神様に許されて天国に行けるってのはおかしい」と言われて、次のセリフを言う。

Ima tell you something and it's just gonna be between you and me. I think folks carry on about heaven too much, like it's some kind of all you can eat buffet up in the clouds and folks just do as they told so they can eat what they want behind some pearly gates. There's sinning in my heart, there's evil in the world but when I got no one, I talk to God. I ask for strength, I ask for forgiveness, not peace at the end of my days when I got no more life to live or no more good to do but today, right now... What's your heaven?

「ここだけの話だから内緒にしといて欲しいんだけど、私はみんな天国ってことにこだわり過ぎると思うんだ。まるで雲の上にある食べ放題のレストランみたいに、神のおっしゃることを実践すれば、天国の門をくぐった後何でも食べていい、みたいな。・・・私は罪深い心を持っているし、世の中には邪悪なものがある。でも、誰も話し相手がいないときには、私は神と対話するのだよ。もちろん力をくださいとか、私の罪を許したまえとかお願い事もするよ。でもそれは、もう命が尽きて、これ以上いいことも出来ないという、自分の人生の終わりに心の平安を与えて欲しいんじゃなくて、今、この日を生きるために必要なのだよ・・・・君にとって天国とはなんだ?」

この「All you can eat(食べ放題)」という面白い比喩(黒人の人って食べ放題とか好きというステレオ・タイプがある:南部の田舎に行くとそういうレストラン多いし)を出しといて、その後ぐっと感動的なことを言うところがいい!

プレヴューやポスターを見ると、なんだか今流行のセックスとヴァイオレンスをいたずらにフィーチャーした余り内容のないB級映画って感じするけど、意外に深いよ、これは。サム・ジャクソンはこれを自分の生涯でのベスト・パフォーマンスと言っているらしいし、サムとブルースが好きな人は是非チェック、チェック!

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■サミュエル・L.・ジャクソン出演作品一覧

Key Words
映画 ブラック・スネーク・モーン クレイグ・ブリュワー クリスティナ・リッチ ジャスティン・ティンバーレイク S・エパサ・マーカーソン
映画レビュー | コメント(2) | 【2007/08/12 04:32】
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『父親たちの星条旗』-映画は日本の勝ちですか
Flags of Our Fathers

硫黄島からの手紙』とバック・トゥ・バックで観てしまったが、『硫黄島・・・』が、期待以上に素晴らしかったのに対して、こちら『父親たちの星条旗』は、結構平均的なアメリカの戦争映画といった印象。『硫黄島・・・』のインパクトが強過ぎたからとか、私が日本人だからというのもあるかもしれないけど、なんか気合の入り方が全然違う気がするのだけど。

父親たちの星条旗 (特別版)
dvd on amazon.com
Produced: 2006
Directed by: Clint Eastwood
Writing Credits: William Broyles Jr., Paul Haggis
Cast:
John "Doc" Bradley: Ryan Phillippe
Rene Gagnon: Jesse Bradford
Ira Hayes: Adam Beach
Mike Strank: Barry Pepper
日本人の役者さんたちが「ハリウッド~!」「クリント・イーストウッド~!」って感じで普通より気合が入るのか、言葉の壁を越えての撮影など、チャレンジングな要素がたくさんあったために却って日米双方気合が入ったのかわからないけど、『硫黄島・・・』の方が全然密度が高い。

特に役者さんの演技が段違いだと思う。『硫黄島・・・』で謙さんが、セリフとセリフの間の「言葉で言わない」ところで最大限に栗林の人となりや感情を表現していたのと比べると、『・・・星条旗』のドク役のライアン・フィリップとか、いい人なのはわかるんだけど、ほとんど何考えてんのかわかんない。あと軍部の金集めに奔走する人たちとか、どういう心持ちでこの件に関わっているのか、どんなジレンマを持っているのか、また持っていないのか、というのが良くわからない。

一番印象的だったのは、ヒーローの一人、アイラだね。この人はとっても繊細な人で、たくさんの友人が戦場で死んだのに、何もしていない自分がヒーローと言われることに罪の意識を感じている。・・・これってさ、実話なんだよね?この人がネイティヴ・アメリカンだったというのは。実話なのにウソ臭い。だって、ネイティヴ・アメリカンってスピリチュアルというイメージがあるから、レネーが打算でヒーロー演っちゃうのに対して、アイラが深く罪の意識を感じているというのが出来過ぎ。

罪の意識からアル中になって、軍の資金を集めるためのキャンペーン中に酔っ払っては暴れたり泣いたりするこのアイラを演じたアダム・ビーチは、他の役者さんに比べるととても印象深い演技をしていたのだが、最後の方だんだんイライラしてきた。「めそめそすんじゃねえ!」みたいな。

でもこれは、私が平和な世の中で戦争を体験したことないから言えることで、本人の辛さは計り知れないとは思うが。だいたいさ、実際に戦場で怖い思いをしてきているのに、擬似戦場を作って、花火が爆弾のように炸裂している中を星条旗揚げて来いっていうんだからヒドイよ。ヒーローだなんて祭り上げているけど、兵隊さんたちは銃の弾丸と変わらないくらいの扱いしかされていない。道具なのだよ。アイラが精神的に参っちゃって、結局戦場に送り返されちゃうのだけど、母親にひと目会わせてくれるか?と聞いたら、ダメだって。

実話としてこの話を取り上げたことは、戦争の空虚さや汚さを伝えるという意義はあるが、映画的にはエピソードが多過ぎて散漫だと思う。硫黄島での戦闘のシーン、ヒーローに祭り上げられた兵士たちの感情、戦場で死んだ兵士たちとその母親たち、軍部のえらいさんやプレジデントの思惑、マスコミにコロっと騙されて狂気する一般の民衆、兵士たちのその後、・・・ああ、あと、ヒーローの彼女ででしゃばりの女の子とか・・・。

それから、ちょっとうんざりしたのは、硫黄島での戦闘のシーンがモロ『プライベート・ライアン』してたこと。いままで普通にしゃべってた人がいきなり撃たれて死んだりとか、戦闘シーンのリアルな死に方、惨状を表現する手法としてはあれを超えるものはないと思うのだけど、「お約束」になっちゃうとちょっとな。逆に『硫黄島・・・』では余り生々しいのが出て来なくて、それが却って新鮮に感じられた。日本兵が自爆するところもモロ見せなかったのに、『・・・星条旗』では、事後の死体をありありと見せていたりして、これはアメリカ人向け「サービス」なのかと思ったくらい。

一つ面白いなと思ったのは日米の軍隊の違い。『硫黄島・・・』で日本人が「なんちゃらであります!」なんて上官に口利いているのに対し、アメリカ兵のカジュアルなこと!立場が上の人ともトランプしたり、キャンプで髪切ったり(日本兵は丸刈りだもんね)、ギター弾いたりさ!なんたる違い。人間関係のカジュアルさもそうだけど、戦争行って死ぬかもしれないのに、あんなリラックスしていられるつーのが驚く。

まあ、『硫黄島・・・』はかなりシンプルに戦場と兵士の物語だけど、『・・・星条旗』は戦争そのものよりも、あの星条旗を揚げた写真にまつわる国の陰謀と、それに翻弄される兵士たちの心理を描かなきゃならなかったから、難しかったんだろう。どちらもクリント・イーストウッドスティーヴン・スピルバーグがCo-Produceっていう形になっているけど、『・・・星条旗』はヒューマニティ重視のスピルバーグ色が強くて、『硫黄島・・・』はクリント・イーストウッドの乾いた美学かなあ、という気がした。

Key Words
映画 父親たちの星条旗 クリント・イーストウッド スティーヴン・スピルバーグ ポール・ハギス ライアン・フィリップ ジェシー・ブラッドフォード アダム・ビーチ
映画レビュー | コメント(1) | 【2007/08/11 07:58】
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『硫黄島からの手紙』-戦争が教えてくれることもある
The Letters from Iwo Jima

戦争映画を観るのは覚悟がいる。どんなに出来が良くても、というか出来が良ければ良いだけ、感情的に揺さぶられてしまうのだ。愛する者を失う悲しみ、死の恐怖、人間の残虐性、または残虐にならざるを得ない状況に置かれてしまうジレンマ・・・・。

硫黄島からの手紙 (特製BOX付 初回限定版)
dvd on amazon.com
Produced: 2006
Directed by: Clint Eastwood
Writing Credits: Iris Yamashita
Cast:
Kuribayashi: Ken Watanabe
Saigo: Kazunari Ninomiya
Baron Nishi: Tsuyoshi Ihara
Shimizu: Ryo Kase
Ito: Shido Nakamura
Fujita: Hiroshi Watanabe
Tanida: Takumi Bando
Nozaki: Yuki Matsuzaki
Hanako: Nae
Sam: Luke Eberl
『硫黄島からの手紙』も、そういう理由でずーっと観れないままでいたのだが、プレヴューで栗林中将を演じる渡辺謙が、「私たちがこの島を守る一日は、意味があるのですっ!」って言うところを観た時、「ああ、こんな風に尊厳を持って生きた人たちの映画を観てみたい」と痛切に思って、すぐに借りてきた。

あの1シーンだけで私を感動させた渡辺謙も凄いけど、他の役者もみんな良かった。『SAYURI』のとき言及したけど、こういう映画を撮るときにこそ無名でも日本人のいい役者を見つけてくるのがキャスティングと言うものであって、安易にアメリカで名前が売れている中国人の役者を使ったりしてはいけないのだ。映画中のクレジットには、スティーブン・スピルバーグがクリント・イーストウッドと並んで共同監督みたいに名前が連ねてあったけど、スピルバーグも『Sayuri』は失敗したと思ったのかな。それともクリント・イーストウッドが賢かったのであろうか。

西郷を演じた二宮和也なんてすごく良かったもんね。この人にはとても共感した。戦争って残虐だし、辛いし怖いし、絶対にあんな戦いに行きたいとは思わないけど、この西郷っていう人が段々と自分の命というか、自分が戦うってことがどれだけ重要か、ということに気がついて行く様子を観ていると、戦争というものも、単純に「悪」とは言えないな、と思ったよ。

この人は平和にパン屋やってたら、気のいい面白いにーちゃんだったかもしれないけど、ああいう辛い状況に置かれたからこそ、ああいう心境になれたんだもんね。このまま死ぬのと、戦い続けるのと、どっちが自分たちの本当にやらなきゃいけないことか、考えてみろというようなことを言えるようになっちゃったっていうのは、戦争を体験したからなんじゃないかな。

実は私は会社というか組織というものに幻滅してしまって、というのは、上司が嫌いとかみんな働かないとかそういうことではなく、この人たちは本当に会社の存続させていこうという意思があるのか、自分の主義主張、もしくは利益しか考えていないのではないか、日本の本社も、実はアメリカの支社なんかどうなってもいいのではないか、とか・・・。

硫黄島でも、新しく来た栗林中将と、昔からいる上官たちが一丸とならないで、お互い中傷し合ったり、栗林の命令に背いたりしていた。兵隊さんたちは、自分らの命がかかっているのに、上官たちの思惑がバラバラで、しかも頼みの綱の本土が全くバックアップしてくれないなんて、まさに今の私の気持ちと同じなのだろうけど、命がかかっている分、その不安さ加減は私の比じゃないだろう。

私たちは会社で嫌な事があったら、ぶっちゃけ転職することも可能だけど、兵隊さんたちは他にどうしようもないんだもの。そういう逃げられない状況、選択の余地がないところが、自由な環境に生きている私にはものすごいストレスに感じられるんだけど、でも実際、平和に暮らしていてもそういう立場に置かれてしまうことってあるんだよね。

戦争映画って、そういう時にはものすごい勇気を与えてくれる。困難な状況で、自分のするべきことをきっちりと見極めて、命を懸けてもそれを遂行する。そういう人たちが特別勇気があったわけでもない、みんな私と同じように脅えて、怖がって、痛がっている人たちなのだ。勝ち目がない、生きて本土には帰れないとわかっていても、これが自分のしなきゃいけないことなんだ、とはっきりわかっているときは、できるものなんだなと。

上司たちが中途半端でも、組織がいいかげんでも、私には私の職業倫理というものがあり、それはどんなに周りが非協力的でも曲げてはいけないものなのだ。例えそれが西郷や私のような一兵卒でも。なんかすごくいいタイミングでこの映画を観た。やっぱり観る気にならないときに無理して観るもんじゃないね。正しい心構えで観なくちゃいけない映画もある。

Key Words
映画 硫黄島からの手紙 クリント・イーストウッド スティーヴン・スピルバーグ ポール・ハギス 渡辺謙 二宮和也 伊原剛志 加瀬亮 松崎悠希 中村獅童 裕木奈江
| コメント(4) | 【2007/08/07 21:23】
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夏の野外コンサート:ヴィンス・二ール、クワイエット・ライオット、スローター
Vince Neil Live with Quiet Riot and Slaughter @ Freedom Hill Amphitheater, Michigan August 4th, 2007

ヴィンスは、プラントデブリポール・ディアノと並んで、私の大好きなシンガーの一人です。ボーカリストとしてすごい声がいいとか、音域が広いとか、様々なジャンルをこなせるとか、才能のあるシンガーという扱いはされていませんが、モスクワでのロック・フェスの『All in the Name of...』や『Anarchy in the UK』のPVなどで見せるステージ・プレゼンス、そして『Decade of Decadance』に収録されている『Kick Start My Heart』『Red Hot』『Dr. Feelgood』のライブ・テイクでのパワーや上手さはちょっと尋常ではない。デヴュー当時、甲高くてか細い声で、音程もイマイチ怪しくて、ステージ・アクションも鹿鳴館とかに出てるジャパメタの素人バンドのそれと五十歩百歩だったヴィンス・二ールが、あのレベルまで自分を持ち上げたというのは感動的ですらある。


この写真をみると、ブラス、かっこいいんだけどなあ・・・。スローターのボーカルは、ステージから降りてきて、客席の間をひとしきり走っていたので、握手してもらいました。クワイエット・ライオットのおやじは、未だに白黒縞のマイク・スタンドを使ってたお。
ですからヴィンスが、スロータークワイエット・ライオットを従えてデトロイトに来ることを知ったとき、私は丁度モトリーの自叙伝『Dirt』を読んでいたのもあり、是非観たいと思ったのですが、『ロック・スター』でかっちょえかったブラス・エライアススローターと一緒に来るかも!というのも大きな理由の一つ。

一緒に行ってくれたのは、日本の本社の慰安旅行の飲み会で素っ裸になり、上司の頭にマラをのっけて「ちょんまげ!」と叫んだことから「ラストサムライ」の異名を取ることになった同僚のMくん。モトリー・クルークワイエット・ライオットスローターも知らん、ぶっちゃけロックメタルの違いもわからん、と言いながら、面白そうだというだけで2度考えず「行きましょう!」と言ってのけた、さすがラストサムライM。上司の頭にマラのっけるだけのことはあって懐が深い。

会場のFreedom Hill Amphitheaterは、デトロイト郊外にある野外コンサート会場で、扇形にすり鉢式になっており、最近名前が変わったらしい、旧渋谷公会堂程度の規模。ラストサムライMに言わせると「子供ン時、こういうとこでゴレンジャーとか観ませんでした?!」・・・えー、反論はできません。席はど真ん中の前から14列目で、モトリーを武道館の2階席で観ていた私にとってはなかなかいい席。ポール・ディアノと一緒で、今が旬でないバンドを観ることの利点は、会場が狭くて近くで見れることだ。

お客さんの年齢層は異常に高く、80年代にはミニスカ・編みタイでブイブイいわしてたであろうという中年太りしたオバサンたち、それの男バージョンのオジサンたち、そして、身体は鍛えていてカッコよく、ぴたぴたの皮パン(サイドが編み上げになっている)などを着ているが顔がどうみても50代のオバサンたち、そしてVelvet RevolverなどのロックTシャツを着ている10代、20代の、学校で「負け組み」扱いされてそうな若者がちらほら。

ラストサムライMが免停中なので、私の危うい運転でなんとか会場までたどり着き、まずは特大のビールを買って飲む。野外なので売店の前に椅子やテーブルが置いてあり、タバコも吸い放題なので、ついラストサムライMにもらって吸ってしまう。しかしさすがにここでくつろいだままライブ見る人が大量に出ると困ると思ったのか、ここからステージは見えないようになっているため、スローターの1曲目が始まったのが聞こえて来たときは吸いかけのタバコを灰皿に放り投げ、売店のオバサンが特大カップひたひたについだビールをばしゃばしゃと半分くらいこぼしながら、走って席に戻る。

スローターってさあ、一度も観たことも聴いたこともなくって、ただバンド名から、どこどこばしゃばしゃ、スピード・メタル系を期待して、クビ振る心構えも万端だったのだが、予想に反して80年代の典型的メタル・バンドであった。ドラムの人が黒髪で昔のトミー・リーみたいだったけど、あれがブラス・エライアスなの?『ロック・スター』のときと全然違うやん!んーなんか超がっかり。ボーカルの人も、黒いTシャツに黒いスリムで、高校の文化祭じゃあないんだからさー。80'sのバンドでも今ではオルタネティヴの洗礼を受けてしまって、髪を切ったり服装もシンプルになったりしているのが面白くない。そりゃあ本人たちにしてみれば、今時鋲うちベルトだのしたかぁないかもしれんけど、このライブはまさに80年代を懐かしむだけが目的なんだからやってよー!って感じ。

そこへ行くとクワイエット・ライオットはその辺のことはよーくわかって演っていたね。『C'mon Feel the Noise』ってすっげーバカみたいな曲だと思っていたし、ぶっちゃけルックスの悪いバンド嫌いだから、クワイエット・ライオットって私の中ではものすごくプライオリティ低いんだけど、いやー、予想通りかっこ悪かった!特にあのボーカルの人、金髪にしちゃってさー、出来の悪いロッド・スチュワートみたいだったよ。しかも野外だから風が吹くと結構生え際鋭く上がっちゃってるし、「もしやズラなのでは?!」とまで思ってしまいました。

でもね、ボーカルの人が紫のベルベットのスリムとか、昔ながらのバカ丸出しの衣装を着ていたりするとこが潔くって良かった。今の流行に無理に合わせたりしないで「もう、僕らこれしかできませんから!」と開き直ったところがエライ。それに、あんなバカ臭い曲なのにも関わらずライブ自体はスローターの100倍面白く、結構いいバンドなのだな、と見直した。『Metal Health』の、

じゃぁ~~ん、じゃんじゃぁ~~~ん、じゃぁ~~ん、じゃじゃじゃじゃぁ~~~ん!

ってオープニングを聴いたときは、不覚にも「おお~~~!」と盛り上がってしまったよ!ラストサムライMも、「ボーカルのおっさん、むっちゃカッコ悪いけど、ええ声してるやないですか、俺、好きやなー、ああいうの!」と感動していた。ラストサムライMのその無垢さが笑える。

そしてヴィンス・二ールなのですが、ショウの始まりにAC/DCの『For Those About To Rock, We Salute You』を1曲丸々爆音で流し、これが特大ビール3杯飲んで完全に出来上がっていたアタクシのドツボにハマり、すでにクビ振り過ぎて疲れているところへヴィンス・二ール登場!いきなり『Live Wire』だ!『Piece of Action』だ!そしてツェッペリンの『ロックン・ロール』だ!ヴィンスがツェッペリン演るとは!かなり不意を突かれた。

しかしあれよね、ヴィンスがギターを持つと、「あ、『Same Ol' Situation』か『Don't Go Way Mad (Just Go Away)』だな」とかわかっちゃったり、最初の「つったかたかたか!どこどこどこどこ・・・・」というドラムを聴いただけで「あ!『Red Hot』だ!」とわかってしまったり、昔馴染みのバンドを観に行くのもいいもんだね。

しかしまたもや不意を突かれたのが、前半終わってヴィンスが休憩に入り、バックバンドがギターのボーカルでツェッペリンとサバスのメドレーを始めたの!上手いんだよこれが。『胸いっぱいの愛を』とか『Iron Man』とかいろいろ演ってたけど、酔っ払ってたから曲名が思い出せない。それに、バックバンドをちゃんと観たのは、最後の曲当たり?それまでクビ振るのに忙しくて、ほとんどステージ観てなかったんだけどさ、最後観てみたら、ドラムの子なんて、結構がんばってたね。すごい、すごい。

後半は『Looks That Kill』、『Dr.Feelgood』や、『Wild Side』、『Girls, Girls, Girls』なんかを演って、(『Kick Start』は前半に演ってたな)『Girls....』では女の人がたくさんステージに上がって踊ってたけど、昔のガールズたちなのか、現在若いねーちゃんたちなのかは良く見えなかった。意外なところで、『Decade of Decadance』に収録されていた未発表曲『Angela』を演ったのが印象的だった。ヴィンスの好きな曲なのかもね。

で、アンコールと言うものはなく、セットが終わったらあっさり電気がついて「おかえりください」っつー感じだった。自分的には『Home Sweet Home』演らねーのかよ!とちょっと不満であったが、あんだけヒット・パレードやってくれれば、みなさん満足でしょう。ラストサムライMも、「いやー、楽しかったなア!」と関西なまりで言っとりました。

Key Words
音楽 ロック メタル ライブ ヴィンス・二ール スローター クワイエット・ライオット ブラス・エライアス モトリー・クルー
HR/HM | コメント(4) | 【2007/08/06 09:07】
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『さらば、ベルリン』-良きドイツ人とは?
The Good German

1945年のベルリン。ジャーナリストのジェイク・ガイズマー(ジョージ・クルーニー)は、ポツダム会談を取材するためアメリカ軍の大佐の制服を支給され、ベルリンにやって来る。しかしジェイクの本当の目的は、昔ベルリンに住んでいた頃の愛人だったレナ(ケイト・ブランシェット)と再会することだ。ジェイクは自分の運転手として任命されたタリー(トビー・マグワイヤ)が今はレナを囲っていることを知り憤る。タリーの死体がポツダムのロシア領域で発見されるが、ポツダム会談に水を差したくないアメリカ軍は捜査しようとしない。タリー殺害の影にレナの死んだ夫が関わっていることを知ったジェイクだけが真相を知ろうとするが・・・。

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Produced: 2006
Directed by: Steven Soderbergh
Writing Credits: Paul Attanasio, Joseph Kanon
Cast:
Jake Geismer: George Clooney
Lena Brandt: Cate Blanchet
Patrick Tully: Tobey Maguire
Danny: Tony Curran
Bernie Teitel: Leland Orser
えー、まず、この映画は完全に白黒です。監督のソダーバーグは、ライティングやレコーディングをわざわざ昔の手法で行い、1945年当時の雰囲気を出そうとしたんだって。

一番の見所は、ドイツ人を演じるためにマレーネ・ディートリッヒとイングリッド・バーグマン(この人は実はスェディッシュですが、とIMDbに注意書きがありましたが)を研究したらしいケイト・ブランシェット。髪を黒く染め、ドイツなまりの重たい英語で「ヴォワット?(What?)」なんて言い、戦争で娼婦にまで身を落とし、ロシア兵にレイプされたりなどの人に言えない暗い過去を持つ敗戦国・ドイツの女になりきっています。

その他にも、バーテンダー役のトニー・カランとか、バーニー役のリーランド・オーサーとかいい味出していた。特にリーランド・オーサーって、『セブン』で刀の形をしたベルトをつけてセックスさせられた被害者の役がすっごい印象強く、今回のように重要な役柄で出ていてくれて嬉しい。トビー・マグワイアジョージ・クルーニーケイト・ブランシェットと並んで一番にクレジットされているんだけど、すぐ死んじゃうし、そんなに重要な役とも思えないんだが、若い人を惹きつけるためかしら?

ジョージ・クルーニーって白黒で見ると、案外古風な顔をしていて、この時代の役者さんみたいな雰囲気があるが、そういう風に見せられるくらいの演技力がある人なのかもしれない。ジェイクのズボンの裾が短くて、今の流行から見るとスゲーかっこ悪いのだけど、きっとこの頃のスタイルだからと敢えてそうしたんだろうなーと思った。

原題は『The Good German』、単数でしかも定冠詞付き(この場合、「German」は名詞扱いでいいんだよね?)。「あの、例の良きドイツ人」というのは、やはりレナのことを指しているのだろうか?最初これは、戦争という状況を生き残るために人間ていうのはいろんなことをするものなんですよ、という映画なのだと思っていた。タリーは、軍の供給品を横流ししたり、レナは売春したり、みんなサバイバルのためになんでもする。

近所のパティさんが半分ユダヤ人で、彼女がこの映画を観て、「ああいうことは、ナチの時代には良くあったんだよ」と言ったとき、ああ、私が得たメッセージは間違ってなかったけど、もっと具体的にナチのユダヤ人虐殺の話なのだな、と気がついた。なぜか私にはそれがたいしたことだと思えなかったんだけど、実際ユダヤ人の血を引いているパティさんには直に伝わったみたい。

Key Words
映画 さらば、ベルリン スティーヴン・ソダーバーグ ジョージ・クルーニー ケイト・ブランシェット トビー・マグワイア
映画レビュー | コメント(4) | 【2007/08/04 20:19】
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「嫌いなら観なきゃいいじゃん」と言うほど馬鹿げた理論はない!とアジテイトする『姫のお楽しみ袋』

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