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The Matrix
いやー、この映画、むちゃむちゃ面白いね!なんたって構成がパーフェクトですよ。いきなりトリニティのアクション、続いてネオに謎のメッセージ、次にネオの会社、エージェントの尋問、暗ーいゴシックなビルでモーフィアスとの初会見、レッド・ピルとブルー・ピル、そしてつるつる・ぶよぶよのキアヌが、カプセルの中から起き上がってくるところ!!!わー!!!!この30分間、瞬きもしないで観てしまいましたわ。
「You're the savior. My own personal Jesus Christ」 とか、 「You need to unplug」 とか、始まって5分くらいですでに種明かししてるんだけど、まあこれはすでに物語を知っててみてなければスルーしちゃうような暗喩なんですが、ネオがカプセルから出されて、リカバーして、トレーニングを開始するところでタンクから、ザイアンという人間の都市の存在とか、仲間同士の会話の中でオラクルの存在とか、ちょっとづつだけど絶妙なタイミングで色々な情報が与えられ、飽きさせない。 で、この世界観がまた、非常に納得行くものなんだな〜。製作者たちは、明らかにTVゲームや、SFや、アニメのヲタクなので、きっとこれはその道の人たちにしてみたらさして新鮮なコンセプトじゃないのかもな。私にとってはこの世紀末的イメージといい、それを支えるストーリー、機械が人間を支配し、人間は電池にされていると言う話、そして私たちが信じ込んでいる「リアル」ってのは実は、全てマトリックス、頭の中で起こっている、という設定は「おお〜」って素直に感動しちゃうよ。 そしてそのディテールも良く練られているんだよな。電池にするために飼育されている人間たちは、死んだら液状にして、生きている人間に飼料として与えられる、っての。これは衝撃だった。だって、これって人間が牛にしていることじゃない。狂牛病ってのは、死んだ牛の血を子牛に飲ませて育てたからだって言われてるよね。これって、知っててそういう設定にしたんだろうか? それから、マトリックスで起こることは結局、頭の中で起こることだから、脳に直接情報を入れちゃえば、カンフー・マスターにもなることが出来ると。でも、そんだけだったら「なんだー、そんだったらなんでもできちゃうじゃん、都合いい」なんて思うのだけど、精神性がついて行かないことは出来ない、つまり、自分が「出来るんだ」と認識できないことは再現しない、というコンセプトがブリリアントだった。で、頭の中で起こっていることだけど、脳が信じちゃえば身体が反応して、血も出れば歯もかける。死ぬことだってあり得るのだ、という設定。これがなかったら、「どうせ死なないんじゃん」って、アクションシーンが全く緊迫感失っちゃうもんなあ。 あと、キャラが立ってますよねー。なんかウィキで読んだら、ネオの役にはウィル・スミスとかニコラス・ケイジとかが挙がってたんだって?いやー、キアヌ当たりだと思います。すごくいい男なのになんとなくヌボーっとした、シャープじゃないところとか、完全にカッコ良くないところが、「世界を救うコンピューター・ヲタク」というイメージにぴったり!ウィル・スミスはしたたか過ぎてイノセンスが足りないし、ニコケイは醜男過ぎ。 ローレンス・フィッシュボーンは私は悪い思い出があって、『ティナ』で演ったアイク・ターナーが、あの鋭い眼光で、いつも女房の才能に嫉妬して、腹が立つと女房を犯す、というロクでもない暴力夫で、それ以来この人怖くて怖くて仕方なかったんだけど、このモーフィアス役は、やっぱ眼光鋭くて怖いんだけど、悟りを開いた落ち着いた感じで、ちょっとローレンス・フィッシュボーンに対するイメージが和らいで来ました。でもこの設定って、ちょっと『ハートブルー』のボディ入ってるよね。あっちは結構都合のいい悟り開いてたけど、モーフィアスはマジに高尚だってとこが大きく違いますが。 タンクとオラクルも、俳優さんの雰囲気と、キャラがすごい合ってるんだよね。二人とも笑顔がすごいいい、なんかこんな世紀末の暗黒の時代に生きているのに、非常に無垢な笑顔。タンクはテキパキと働き者なところが好感持てるし、オラクルはすっごく悟ったおばさんなのだろうけど、タバコとか吸っちゃってちょっと下世話なところが、預言者のステレオタイプ的なイメージじゃなくていい。 サイファーも、要するにユダなんですが、私的には共感するキャラだったね。ステーキ食いながら、嘘でもステーキ食える方がいい、っていうのは、人間の業としてみんな持っているわけじゃない。そういう業を表現するキャラとして、非常に上手かったと思います。 で、やっぱ真打はトリニティなんだよね〜。いい!クマ太郎さんをして「潤いのない鳥のささ身のような女」と形容されたキャリー・アン・モスなのですが、あの無機質な顔、髪型、衣装、どれを取ってもそのままTVゲームから抜け出してきたかのようなんだけど、結構人間臭い。冒頭、エージェントとおっかけっこするとき、最後、意を決して窓にダイブするじゃん。で、ごろごろ転がった後「チャっ」と二挺拳銃を構え、 「Trinity, get up... get up...」 ってちょっとビビってるとことか!あと、モーフィアスを助けに行くクライマックスのシーンで、ヘリコプターに歩いていく後姿を見ると、あんだけ痩せてて潤いがないとまで言われているのに、結構ケツぶりぶりで、しかもがに股ってのがなんか逆にカッコいいな、という。あれがシャーリーズ・セロンとか、アンジェリーナ・ジョリーみたいなすっげえスタイルいい人だと、却って面白くないかもしらん。 しかしあれですね、『ハートブルー』『スピード』そして『マトリックス』と続けて観ると、キアヌの相手役っていつも女らしくない女だね。キアヌが出たどーしょうもないラブコメとか観たらもちろん違うんだろうけど、この3部作は揃ってセクシーじゃない女だった。でも、昨日たまたま一緒に飲んだ同僚の男が、トリニティやタイラーのことを「セクシーだ」って言ったので、へー、男ってこういう女をセクシーと思うのか、とちょっとビックリしたんだけどね。 それから、アクション・シーンも、新鮮よね。モーフィアス対ネオのカンフー・バトル、あれはカンフーやってるヤツとか色々文句言うけど、私は面白かったな〜。それはやっぱり、カンフーの技術がどうこうじゃなくて、あれがデジタルの世界で、頭の中でやっていること、というコンセプトを楽しむんだよ。それから、あのガン・ファイトのシーン。スローモーションとなくならない弾、銃をどんどん捨てて次のに持ち変えるカッコ良さ、そしてあのTVゲームの音楽!!!あの音楽が雰囲気にどんぴしゃハマっていてうまいよね。このシーンは、アクション映画史上に残って欲しいです。 で、最後にかかるレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの『Wake Up』・・・・かっこええ〜!この曲もともと好きだったってのもあるけど、この映画の雰囲気にぴったり合ってるよね。で、なんかこの曲がかかるまでは、映画を映画として楽しんだ、ってだけなんだけど、「うぇ〜いかーっぷ!うぇ〜いかーっぷ!!」って叫ばれちゃうと、「はっ」っとする!この世界もマトリックスかもしれないってことはあり得るんじゃないか?!なんてね。 非常に哲学的であり、宗教的であり、漫画でTVゲームでSFで・・・・これだけ色々な要素を詰め込んでビシーっと纏めたというのはすごい! key Word 映画 マトリックス キアヌ・リーヴス ローレンス・フィッシュバーン キャリー=アン・モス ヒューゴ・ウィーヴィング グロリア・フォスター ジョー・パントリアーノ マーカス・チョン 考えさせられた映画
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Moving McAllister
うう〜なんでこの映画借りちゃったんだっけ?ああ、ジョン・ヘダーが出てたからだ。『俺達フィギュア・スケーター』ですっかりこのナポレオン・ダイナマイトの美しさにノックアウトされてしまったワタクシ、血迷ってしまいました。
この時点でもう見る気失くしたもん。余りにベタで。この役の人も可愛くもなんともないし。それにアパートの部屋がぜーんぶ真っ白で、家具とかもほとんどなくて、安い作りのエロ・ビデオみたく全く現実感がない。まーさ、弁護士のインターンだから、家に何もない、という逆の「生活感」を出したかったのかもしれないけどさー。 で、その後彼がオフィスで奮闘する姿をコミカルに描いているのですが、またこれが全然面白くない。ベタ過ぎる!!!全くオリジナリティのない人だなーと思う。 ストーリーは、この主人公が、自分のボスに取り入るために、ボロボロの引越しトラックで、ボスの所持品をLAかなんかに運んでくれという頼みを引き受けてしまうが、そん時に、ボスの姪っ子のミシェル(ミラ・クニス)も連れて行ってくれと頼まれる。司法試験が数日後に控えているので、この旅は時間との戦いなのだが、ボスの心象を良くしたいリックは、引き受けてしまう。で、もちろん、この姪は我侭だし、途中で拾ったヒッチハイカーのオーリー(ジョン・ヘダー)はハチャメチャだし、ストレス溜まる様を笑うという、ベタなコメディなのですよ! ジョン・ヘダーの上半身ヌードがたくさん出てくるのは嬉しいのですが、この人太ってるねー。でも多分、これって普通の人の体系なんだろうな。生で見たらそんなに悪くないのかも。映画で見ると、みんないい身体してっから、ぷよぷよして見えるけど。 でもジョン・ヘダーの面白さも全然炸裂してなかったな。といっても余り真剣に観てなかったから。でもさー、毎日夕飯食いながらDVD回してたんだよ!それでも見る気にならないというのは、かなり面白くないってことよねー。 で、また腹立つのは、最後、LAのボスの家だか別荘だかに着くと、ボスが、自分がトラックで運んできたものを見ろという。でっかい箱に仰々しく入れられていたのは、リックの履き古された靴。この靴には、最初の方でエピソードがあるのだけど、なんかつまらないメランコリーで、「はあ!」とがっかりしてしまうオチ。しかも、リックはミシェルに恋してしまっていて、司法試験を受けるためにすぐさまフロリダに飛んで帰らなければならないんだけど、空港まで行って気が変わって、全速力でボスの家に戻る。 「ミシェルはどこですか」 「海岸にいるよ。司法試験はどうした」 「今、僕にはもっと大切なことがある。アイ・ラブ・ミシェル」 だって。この「アイ・ラブ・ミシェル」という言い方が大根なのも萎えたけど、なんかさ、そこまでして彼女が好きだ、というのが全然感じられなくて、観ていてすっげーシラける。 で、海岸を歩いているミシェルに声をかけると、まずボカっと殴られる。「さよならくらい言えないの?!」 ・・・もーこれもベタ過ぎません?なんか全てが使い古されたコメディの手法で、こんな脚本ならアタシにも書けるんじゃないかと思ってしまう。とにもかくにも最悪な映画。 Key Words 映画 ラブコメ ジョン・ヘダー 映画感想
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Modigliani
これは実在したイタリア人の画家、モディリアーニの伝記に基づいたフィクションです。全く私らしくない選択なのですが、いつも私の趣味に付き合ってくれている友達のM子さんがアンディ・ガルシアのファンで、しかもアートに造詣が深く、「観たい〜観たい〜!」と言うのでそんではチャレンジしてみるかと。
このカフェ・バーのシーンなんかは、この時代(背景は1919年だそうです)のアートが好きな人なら、興味深いかも。裸の女の背中に絵を描いていたり(しかも女が今の基準から見るとかなりぽっちゃりしている)、ヘンな格好の人がたくさん集まっていたり。その中でもモディリアーニは、酒飲んで派手に騒ぐ方だったらしく、まん丸に太った男を「パブロ、パブロ」と呼んでめちゃめちゃいじめるのですが、このパブロって、ピカソなんだってさ。ピカソの名前ってパブロだったっけ? あ!あと、誰かの誕生日のパーティのシーンで、テーマが日本だったらしく、みんな着物着ているのですが、もちろん超勘違いで、顔を真っ白に塗ったり、着物の脇の下の穴のところから腕を出したりしていて可笑しい。でも、1919年でもうこんなことしていたんですね、白人の人たちは。 でまあ、良くわかんないんだけど、多分お金のためにアート・スクールで教えているときにモディリアーニはジャンヌというアート学生と出会い、ジャンヌはまんまと妊娠。厳格なジャンヌの親父は、こんな浮世離れした画家、しかもユダヤ人の男なんかに娘をやれるか、ってんで、赤ん坊は修道院に送り、2人を引き裂くが、ジャンヌは愛のため、親を捨ててモディリアーニの安アパートに押しかけ女房よろしく転がり込み、貧しさに耐えながらも画家を支えて行く・・・。 もうこの辺って『神田川』の世界でしょ?ジャンヌの母親が心配してアパートを訪ねてくるんですけど、ジャンヌは膝を付いてトイレの便器をゴシゴシこすっているわけですよ。その姿を見て母親は、お金を、手渡すでなく足元にハラハラっと落として去って行く・・・・。いや、実話なんですよね、つか、本当にこういう時代があったわけですが、2004年の作品でありながらこういった細かい表現が前時代的で野暮ったい。貧しさ、惨めさを表すのに便器掃除とは!発想がシンデレラから一歩も前進していないっ。 で、モディリアーニを演じる、アンディ・ガルシアなんですけどね、すっげーかっこ悪いです。『アンタッチャブル』でアンディ・ガルシアにノックアウトされたというM子さんは「あの頃から変わってないわ!」と目がハートになってましたが、ええ〜、あんな人だったっけ?!なんか、太ってむくんで、しかも役どころが売れない画家なもんで、冴えない洋服着て、しかも、実在したモディリアーニさんって人は、酔っ払うと銅像の周りを踊りながら回る人だったらしいんですけど、このシーンがスローモーで出てきたときなんか、もう少しで噴出すところでしたが、 いや、でも、役作りだ、役作り。酒飲みは顔がむくむし、酔えば植木等みたいな踊りをしてしまうことだってある。 と、自分に言い聞かせ、M子さんとの友情にひびが入るのは避けられましたが、M子さんが作ってくれた豚キムチがおいしくてたらふく喰ったためにものすごい睡魔に襲われ、モディリアーニがジャンヌと赤ん坊とまともな生活をしようと決心し、賞金稼ぎのために今までバカにしていたアート競技会に参加し、青い服を着たジャンヌをモデルに、一代名作を書き上げるところは見逃してしまいました。 この絵が、今でもめちゃくちゃ有名な絵だそうで、ググッたら、やたら首が長い、子供の絵みたいのがいっぱい出てきました。ジャンヌを演じたエルサ・シルベルスタインという女優さんはなかなか綺麗な人なのですが、この首の長い、繊細な絵の雰囲気に合っていて、この映画の中では一番良かったな。ピカソの女もすごい綺麗で、昔はゲイジツ家が今のセレブのように、いい女をモノにするもんなのかと思いました。 Key Word 映画 モディリアーニ 真実の愛 アンディ・ガルシア DVDで見た映画
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Manic
学校で口論になった友達に頭を50針も縫わせる重症を負わせ、未成年者用の精神病院に送られるライル(ジョセフ・ゴードン-レヴィット)は、そこで同じような問題を抱えたティーン・エイジャーたちと出逢う。精神科医のDr.モンロー(ドン・チードル)は、グループ・セラピーを通してこの若者たちの心に訴え、自分の行動に責任を持つことの大切さを教えようとする。
ドン・チードルもかなりありがちな、子供たちにストレートに正直に体当たりして行くが、なかなか報われない悩める精神科医という役柄です。子供たちに投げかける言葉も陳腐で、「B-Boyであると言うのは馬鹿なこと言ってバギー・パンツをはくことなのか」とか、私が中学のときどうしても好きになれなかった、子供たちの目線で話していると勘違いしている先生を思い出してしまいました。 この精神科医が、子供たちのグループ・セラピーをリードしていくシーンが何度か出てくるんですが、子供たちの話を聞いていて「えー・・・同情しなくちゃだめですか?」と思った。いや、可哀想なんですよ、話自体は。親に「お前なんか生まなきゃ良かった」と言われたりとか。でも、映画がそれをことさら「親や社会のせいで病める子供たち」という風に描こうとするので、観ているとうんざりしてきます。 また、撮り方がちょっと『ブレア・ウィチ・プロジェクト」』のような、ハンディ・カメラで素人っぽく撮った映像で、いきなりアップになったり、わざとピントがずれていたりして、リアリズムを出したかったのだろうけど、却って「社会派気取りの表面的なインディ映画」という印象になってしまったと思います。 ストーリーらしいストーリーはなく、エンディングもあいまいな感じで、ただ精神病院に入っている子供たちの生態を描くという手法が、要するに問題意識はあるけれども明確なテーマはないというのを良く表していると思うし、だから観ていて他人事、ゆえにつまらない、というのが正直な感想です。 Key Words 映画 マニック ジョセフ・ゴードン−レヴィット ドン・チードル なんとなく映画
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Marie Antoinette
仮面舞踏会のシーンでポップ・ミュージックがかかった時、どっかの映画祭でブーイングが出たって聞いたけど、なんで?? あれ、すごい良かったと思うけどな。ソフィア・コッポラは、自分がマリー・アントワネットの年齢だったときどんなだったかをベースにして、この歴史上の人物を解釈しようとしているのでしょ?マリー・アントワネットが仮面舞踏会に行ってダンスをしたり、フェルゼンと知り合ったりするくだりを本で読んで、きっとソフィアは自分がその年齢だった頃にクラブに行って、『ニュー・ロマンティック』にのって踊ったり、ナンパされたりしたこととシンクロさせたのだと思うと、楽しいじゃん!
だいたいさ、マリー・アントワネットって、ベルばらで30年前に身近なレベルで触れているから、この映画での描写は、私たち日本人にはそれほどショッキングでも型破りでもないのでは?アメリカというか西洋の人って、案外想像力に欠けるのかも。妄想の産物に違いないオスカル(ラスカルじゃないよ!)をあそこまで膨らまして、あんな魅力的なキャラにしちゃった池田理代子ってスゲーよな。ソフィア・コッポラって日本に憧憬あるみたいだし、「こいつベルばら読んだんじゃないの」と真剣に思ったよ。 ベルばらと言えばさ、私がベルばらから受けた印象では、フェルゼンは苦悩する二枚目って感じだったけど、このフィルムの中ではフェルゼンて、悪名高いスケこましとして描かれているのね! このフェルゼンくんはやらしくて良かったな。アントワネットとエッチするとき、上着を脱がしたら脇の下に汗染みがあったりして。DVDのメイキングを見ていたら、この映画のフェルゼンのモデルはアダム・アントなんだよ!フェルゼンの衣装を着たジェイミー・ドーナンを見てソフィア・コッポラが「あなたってマジ、アダム・アントしてる・・・」と萌えているシーンがあってわろた。 ナイーヴなマリー・アントワネットが、この色男フェルゼンにすっかり絡め取られて、小トリアノン宮でひと夏の経験をし、後年は自分の妄想が作り上げたフェルゼンを夢見て生きる、という感じになっているんだけど、これも結構、現代の結婚を象徴してない? 夫にはロマンスを求めない、情熱的に愛しているのは実際一緒になれない人・・・結婚している人が全てそうとは言わないけど、これって「ギクリ」と来る人、多いんではないかと思うよ。そして最後、革命の餌食になる直前には「私は夫の側にいます」ときっぱり言うマリー・アントワネット。愛がなくても、情熱がなくても、長年一緒に暮らしたりすると「情」は湧くんだな、結婚って、結局「情」なんじゃないの?とか思いながら観てしまいました。 それから、お世継ぎが出来ない責任を、女が一方的に背負わされるというのも興味深かった。日本も昔は、嫁ぎ先で「針のむしろに座らされる」とか言われたらしいもんね、子供が出来ないと。今はもちろんそんなことないけど、でも、この感覚って今でも綿々と残っていない? 要するに、男が性的に魅力を感じない女はダメだ→女は男に気に入られなければならない→ダイエット、化粧、カマトト、etc、etcって言うのは全てここから来ているわけじゃん? でもその一方で、国王の愛妾、デュ・バリー夫人だっけ?みたくあからさまに「性的」であるのは下品であるという、ややこしい価値観。私はアントワネットが、「男を誘惑する方法を、教えてください!」とデュ・バリー夫人に頼みに行くのを、今か今かと待っていたんだが。 ソフィア・コッポラのマリー・アントワネットの解釈・描写が気に入らない人たちは、歴史的背景を無視しているとか、なんかそんな風に感じたのかな、それとか、その時代そのものが観たかったのに肩透かし食らったか。でも、こんなもんだったんじゃないの、ヴェルサイユの生活って? Key Words 映画 マリー・アントワネット キルスティン・ダンスト ソフィア・コッポラ
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Flicka
デトロイト−成田間のフライトは13時間もあるので、メシが3回出る上に映画が2本観られるので、いつも飛行機に乗って始めにするのは、座席の前にある航空会社の小冊子で自分の航路で何が上映されているか調べることだ。もちろん、非常口の場所とか、酸素マスクの付け方なんて聞いていない。
今回のセレクションはこの『Flicka』と『Gridiron Gang』。両方ともベタで、ディズニーでも今時こんなん無かろうというような・・・なんか日本未公開になりそうな予感。特にこちら『Flicka』はもー、主人公が16歳の女の子だから、アホ臭くてアホ臭くて、ブログに書くのやめようかと思ったのだが、このわがまま娘の母親役が、『ヒストリー・オブ・ヴァイオレンス』『アサルト13 要塞警察』『サンキュー・フォー・スモーキング』のマリア・ベロだったので、一応。 農場の娘のケイティは、野生のムスタングを見つけ、フリカと名づけ、育てようとしたが、ケイティに学校へ戻って欲しい父親が、「お前に野生の馬は飼えない」とか言って売りさばいちゃったり、その父親に自分を証明しようとするケイティの葛藤と、その家族の模様を描くというベタベタに王道な話である。 もー、ケイティが野生の馬と出逢うところとか、ものすげーエモーショナルな音楽かけちゃうし、「ムスタング→アメリカが失ったもの」的な壮大なテーマで進んで行くんだけど、とてもそんな重要なメッセージがある映画には見えず、悩めるティーンエージャーがはちゃめちゃやっとるなーという感じ。 私は人間、特に それとか、父親が勝手にムスタングを業者に売っちゃって、トラックで連れて行かれる時、バカ娘が「フリカ、フリカ!」と叫びながらトラックを追いかけて行くところなんか、すっげえ大根役者だと頭ではわかっているのだが、もー目はウルウル。 超ベタなのが、フリカがライオンがいる森で迷子になっちゃって、バカ娘が後先考えずに探しに行っちゃう夜がおあつらえ向きの雨で(もうこれだけで映画の性格がわかっちゃおうってもんですが)、フリカは娘を助けようとしてライオンに襲われ(ベタベタ)、娘は肺炎にかかる(もひとつおまけにベタ)。こんときも、娘は肺炎で死んじゃっていいから、馬を助けろ!とか思っちゃったよ。 で、肝心のマリア・ベロなんですが、『ヒストリー・・・』で見せたようなはつらつとしたいいお母さん役で好演。この人は、映画のベタさ加減を知いつつ、自分は勝手にいい演技しているんじゃないかと思った。この人も今後注目。偉人伝入り確定。 Key Words 映画 フリカ マリア・ベロ DVD
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