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『寝取られ男のラブ♂バカンス』-アパトー、泣かすぜっ・・・
Forgetting Sarah Marshall

『寝取られ男のラブ♂バカンス』という邦題で、日本では「男たちの恋愛強化月間!?」というテーマで『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』との二本立てで公開される、と日本のウィキで読んで笑ってしまいました。町山さんはこの映画を「男のイニシエーション(通過儀礼)を描いた映画だ」と言ってたんですけど、確かにジャド・アパトーが製作に絡んでいる映画って、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』も『40歳の童貞男』も『ノックトアップ』も、全て男の子が大人になっていく過程を描いてますよね。

forgetting sarah marshall
Produced: 2008
Director: Nicholas Stoller
Writing Credits: Jason Segel
Cast:
Peter Bretter: Jason Segel
Sarah Marshall: Kristen Bell
Rachel Jansen: Mila Kunis
Aldous Snow: Russell Brand
Brian Bretter: Bill Hader
Matthew the Waiter: Jonah Hill
Chuck: Paul Radd
本作品は主演もしているジェイソン・シーゲル脚本で、冒頭、サラ(クリスティン・ベル)に別れを告げられるシーンでシーゲル演じるピーターが素っ裸なのは、シーゲルが実際に素っ裸で彼女に別れを告げられた経験をそのまま使ったそうです。『スーパーバッド』も、役者のセス・ローゲンの自叙伝的なところがあるんじゃないかと思わせる脚本で、こういうリアルな普通の男たちの話を面白い映画にする洞察がアパトーにはあるのかも。

それとこれらの作品に共通しているのは、映画に対する愛が溢れていることですよね。今回も他の作品と同様、映画リフェレンスが出てくる。新婚のモルモン教徒の新郎が、余りに宗教に囚われ過ぎて新婦をベッドで満足させられず、

「彼女は『ダヴィンチ・コード』のようだ。なかなか解けない」

と言ったり、ピーターがハワイの儀式のためにブタを殺さなければならないとき、

「俺は『ベイブ』を何百回も観たんだ~!」

と叫びながらブスブスとブタを刺し殺したり。

あと、『ノックトアップ』と同様、私たちのような一般人ではなく、女優とかミュージシャンとか、LAの芸能関係の人たちの話なんだけど、なぜかすごく普通で感情移入できちゃう。これって、ウッデイ・アレンの映画と一緒で、観客から観たら特殊な世界だけど、自分たちにとっては当たり前のことを当たり前のこととして描いているので違和感がないのだと思う。

アパトーは、男は恋愛を通して成長するものなのだ、という持論があるのだと思うのですが、この人はなぜか女の気持ちも良~くわかっているんだよね。いつもヲタクで精液臭い男が出てくるのに、なぜか非常にロマンチックで繊細なところがあって、結構泣かされるんですよ。男って、案外ロマンチックだったりするじゃない?そういうところをアパトーは映画で表現できる、みたいな。

それと町山さんも言っていたけど、この映画のいいところは、「悪人は悪人」じゃないところなんだよね。TVドラマの効果音楽やってるさえない作曲家のピーターを捨てて、人気ロックスターのアルドフと一年間も二股かけた後で乗り換えたサラを悪者にするのは簡単なんだけど、ピーターが「きっと俺が何か二股かけられるようなことをしたんだろう」と言うとサラは、

「あなたは何もしなかったのよ!1週間同じスゥェット・パンツはいたままカウチに寝転がって何もしなかったり、自分の面倒自分で見れなくて・・・・あなたの面倒見ようと私は一生懸命やったのよ!母とも話したし、カウンセリングも受けたし、セックス・セラピーもしたし、相談できる人にはみんな相談した!でもあんたはバカ過ぎて気が付かなかったのよ、私の努力を!私はもうあんたに引き摺られてダメな人間になるのはごめんだと思ったのよ!」

・・・・「男たちの恋愛強化月間!?」というテーマで観に行く男の人たち、これ、ほんっとにそうなの。ここんとこ、よーく心に刻んで帰ってね。でも、日本の男の子はこれほど酷くないんじゃなかなあ。少なくとも、アタシが付き合った男はまともだったわ。ところが、アメリカの男ってホントこういうの多いんだよ~。特にカンフーやってる奴とかさー、少林カンフーっつったら、坊さんがやってるんだせええ。自分で食事も作れないでチャイニーズの持ち帰り食ってれば少林だとか思ってんのかよ~。確かにスピードやテクは学べるけど、武道って言うのは精神性が大事なんじゃん。マリファナ吸って不規則な生活して、彼女に家賃とか払わせて置いて、何が少林カンフーだよ。

ピーターも、本当はドラキュラのロック・ミュージカルやりたい、とか思っているのにデレデレと毎日を過ごしていたのだけど、サラにフラれ、そのあと上手くいきかけたレイチェルにも袖にされ、仕事でやってたTVショウも打ち切られたところで、やっと自分の音楽と向き合うようになる。そうなってからは掃除もし、健康や食べ物にも気をつけ、ちょっぴりしっかりした男になっていき、この過程がなかなか感動的である。

でも今回アタクシ号泣しちゃったのは、最後にレイチェルとピーターが上手く行ったところなんだよねー。町山さんの特電を聞いていたので、大体のあらすじは知っていたのだけど、ピーターがサラとよりを戻すのか、レイチェルと新しい関係を築くのかは知らなかったのね。女としてはサラにもレイチェルにも共感するところいっぱいあったのだけど(この辺はアパトーの上手さで)、個人的にはレイチェルにすごい肩入れしてたの。

レイチェルはすごく傷付いた過去があり、そのせいでピーターの気持ちをわかってあげられて、ピーターが正にこのとき必要な人として現れる。レイチェルはピーターをかばん持ちにしたりしないし、ピーターののドラキュラ・ソングが好きだし、イマイチ思い切りが足らないピーターをがけから突き落とすこともできる。でもこういう女って、大親友みたいに扱われても、彼女になれないんだよね。アタシがそうなのよ!だからさあ、「ああ~こんなに気が合うのに、男が選ぶのはサラみたいな男を尻に敷くようなタイプなんだよねー」とか思ったらすっげえ辛くてさー。

そしたら、最後、やっぱりレイチェルと結ばれた!で、「そーだよな、そーだよな!やっぱ理解し合える人の方がいいよな!なんで男ってしょーもないビッチとかにしがみついているんだよおおおお」と思いながらボロボロ泣いてしまったわ。

key Word
映画 寝取られ男のラブ♂バカンス ジェイソン・シガル ミラ・キュニス ジャド・アパトー クリスティン・ベル ラッセル・ブランド
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| コメント(6) | 【2008/11/17 01:30】
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『エターナル・サンシャイン』-何度失敗しても・・・・
Eternal Sunshine of the Spotless Mind

クレメンタインとジョエルのカップルは、大ゲンカの末、お互いの思い出を記憶から消し去る施術を受ける。最初、クレメンタインがジョエルを記憶から消し去り、それを知ったジョエルが怒って自分も同じ施術を受けることに決めるのだが、ジョエルが施術を受けた次の日、二人はまた見知らぬ他人同士として出会い、恋に落ちてしまう・・・・・。

この映画はジャンル的にはラブコメなんでしょうが、「恋愛とは一体なんなのだろう」ということを、ものすごーく深く掘り下げてあって、超名作だと思います。

Eternal Sunshine
dvd on amazon.com
Produced: 2004
Director: Michel Gondry
Writing Credits: charlie Kaufman, Michel Gondry
Cast:
Joel: Jim Carrey
Clementaine: kate Winslet
Patrick: Elijan Wood
Stan: Mark Ruffalo
Mary: Kirsten Dunst
Dr. Miezwiak: tom Wilkinson
一番示唆的なのは、ラストのシーンで、記憶を消去した後再び恋に落ちた二人が、記憶を消す時に吹き込んだテープを聴くところ。このテープは、施術をする前に「なぜこの人物を自分の記憶から消したいか」ということを綿々と語ったもので、医師が吹き込ませるんだけど、内容はもう、相手のことをボロクソに言っている。

クレメンタインはジョエルのことを「退屈でつまんない人間」と言ってるし、ジョエルは「クレメンタインは、好かれるために男と寝る」とか・・・・あーあ。

2年も付き合ったら、こういう風に相手のことを思ってるんだよというのを、恋に落ちて一番盛り上がってるときに聞かされるつーのは、どんなもんだろう。相手が自分のことこんな風に思っているのか!というのもショックだけど、自分が相手のことけなしまくるの聞くのも涙モンだと思う。

で、2人はどーするのか?2人は一度付き合って、全然上手く行かなかった、ということが既に証明されちゃっているのだ。部屋から出て行ったクレメンタインを廊下まで追いかけてくるジョエル。

「どうしたいのよっ!」

「I don't know, I don't know...」

クレメンタインは、「私は自分の心の平安だけを求めているどうしようもない女なの。あなたは私のこと嫌いになるのよ」と言うが、ジョエルは、

「今はキライなとこなんか一つもないよ」

「でも後でキライになるの!私はあなたといて退屈して退屈して、牢獄に入っているような気分になって、自分で自分が嫌いになって・・・・そんな私をあなた嫌いになるのよ」

するとジョエルは

「Okey」

と言う。するとクレメンタインも、

「Okey」

と言い、2人は笑い出してしまう。

この映画に関する記事を色々読んでいたら、ジョエルとクレメンタインは記憶消去の施術も何度も繰り返しているのではないか、みたいな話があった。つまり、いつも上手く行かなくなるので、その度に記憶を消去して、何度も出会い直して恋に落ちる。それもすげーなと思うのだが、結局人間って、「恋に落ちる」という感情的インパクトがキョーレツ過ぎて、あがらえなくて、何度も何度も恋に落ちるけど、恋愛関係を続けていく、と言うのは不可能、というか、人間としての幸せに背いているんじゃないか?

ジョエルの記憶が消されて行く過程で、2人がどんな付き合いをしていたかわかるのだが、どのエピソードも「そうなんだよな~」と思ってしまう。中でも一番印象的だったのは、2人がいつもの中華料理屋でディナーを食べているシーン。ジョエルが心の中で、

「僕とクレメンタインも、他のカップルと同じに見えるのだろうか?死人が食事してるみたいに・・・?そんな風にはなりたくない」

と考えている。

私も良く車を運転しているとき、信号に止まった対向車に乗っているカップルを見ていると、「あの助手席に座った女になりたくない」と思う。男が運転し、女は窓の外を見ている。会話するでもなく、2人はつまらなそうにそっぽ向いて、ちっとも楽しそうじゃない。自分で運転して、自分の聴きたい音楽をかけて、自分の行きたいところへ向かっている自分の方が、1人でもずっと幸せそうだと思う。

最初は一緒にいてあんなに楽しかったのに、急速につまらなくなる。いつもの店、いつものルーティーン。何もすることがない。2人で一緒にいて、TV観るだけ。会話をすれば口論になる。そしてクレメンタインのように、縛り付けられていると感じ、逃げ出したくなる。

だから別に、2年後にお互いの悪口を吹き込んだテープを聞かされるまでもなく、答えは出ているのだ。それまで何人かの人と付き合ったことがあれば。相手が変わるだけで、ダメになっていく過程は一緒なのだ。そんなことは経験からも知っているし、映画や小説で何千回と語られているではないか。

しかしそこが恋愛のパワフルなところなんだろうな、と思う。何度痛い目に会っても、また恋に落ちてしまう。「痛い目にあったからイヤだ」とあがらっても、落ちてしまう。そして「また同じ過程を経て、ダメになって終わるのだ」と考える同じ脳の別の場所で、「今回はいつもとは違う」なんて思っているのだ。

では映画はどういう結末を示しているのだろう?ジョエルの最後の記憶は、2人が始めてあった日の夜。消され行く記憶の中のクレメンタインが言う

「もうこれまでよ。ジョエル。どうする?」

するとジョエルは一言、

「Enjoy it」

カースティン(キルスティン改め)・ダンスト演じる、不倫の記憶を相手の男に消された女の子が言うニーチェの引用がある。

Blessed are the forgetful, for they get the better even of their blunders

これは多分、「忘れっぽい方が幸せだ。自分の大失敗からでさえ何かいいものを引き出せる」くらいの意味なのではと思うのだが、これがニーチェの『Beyond Good and Evil』から来ているというのも示唆的である。Beyond Good and Evil・・・・善悪を超越したもの・・・・・。

私の解釈では、この映画は、恋愛は先がどうなってしまうかわからない。毎回同じように終わってしまうのかもしれない。でも、それでも誰かと出逢うことをエンジョイし、関係を続けていくように努力するべきだ、と言っていると思うなア。クレメンタインとジョエルは、私たちと同じように相手の悪いところや付き合っていくことのうっとおしさがイヤで、相手を記憶から消した。このニーチェの引用は、「相手を忘れてしまうんじゃなくて、相手のイヤなところを忘れてしまえ」と言ってるんじゃないかな。相手の善悪、いいところ、悪いところを超えたどこかに、Eternal Sunshine (永遠の太陽)、つまり永遠に続く愛、があるんだよ、と言ってるんじゃないかなあ。

本当は原題の『Eternal Sunshine of the Spotless Mind』も誰かからの引用なのだが、実際の日本語訳は知らないけど、私は「the spotless mind」、つまり「穢れのない心」というのは他人のいいところも悪いところも許せる心、という意味で、それの「eternal sunshine」つまり「永遠の太陽」とjは「永遠の愛」ということで、「人を許し、受け入れられる心を持つ人は、永遠の愛を持っている」と解釈した(自分ではものすご納得)。

key Word
映画 エターナル・サンシャイン ミシェル・ゴンドリー チャーリー・カウフマン ジム・キャリー ケイト・ウィンスレット キルステン・ダンスト マーク・ラファロ イライジャ・ウッド トム・ウィルキンソン
考えさせられた映画 | コメント(9) | 【2008/10/30 00:40】
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『愛についてのキンゼイ・レポート』-セックス・ドクターの伝記映画
Kinsey

ローラ・リニーが目当てで借りたのですが、主人公のキンゼイ役がリーアム・ニーソンってのはもうけでした。本物のキンゼイさんと同じ髪型をしてがんばってました。ほとんどの人は知っていると思うけど、キンゼイさんて人は、初めてセックスを科学的に調査・研究し、『キンゼイ・レポート』なるものを世の中に発表した人で、この映画はその人の伝記映画です。

愛についてのキンゼイ・レポート
dvd on amazon.com
Produced: 2004
Director: Bill Condon
Writing Credits: Bill Condon
Cast:
Alfred Kinsey: Liam Neeson
Clara McMillen
Clyde Martin: Peter Sarsgaard
Alfred Seguine Kinsey: John Lithgow
Thurman Rice: Tim Curry
Herman Wells: Oliver Platt
昔は「キンゼイ・レポート、ぐふっ」って、やらしー捉え方しかしていなかったのですが、この映画を観てキンゼイさんが調査を始めた1940年、50年あたりの空気を考えると、すごいことだったのだなと思います。宗教の影響が非常に大きく、公共の場で性を語ることさえタブーなような時代にセックスの実態調査をしたのですからねえ。

キンゼイさんは自分が結婚した際に性生活に問題があり、専門家に受けたアドヴァイスのおかげで問題が解消されたため、他の悩める人たちもざっくばらんに話し合える場があればと、今までセックスのマイナス面ばかりを強調したクラスではなく、セックスに関する真実を教えるクラスを作りたいと思う。あ、キンゼイさんは、動物学の教授としてインディアナ大学に勤務していたのですが。

で、キンゼイさんが「セックス・ドクター」として大学内で有名になってくると、性の悩みを持つ学生たちが相談にくるようになるのですが、この学生たちが信じているたわごとを私も子供の頃聞いたことがあって、結構最近なんだな性が開放されたのって、とか思いました。例えば、

ハイヒールを履きすぎると、不妊症になる
性欲を押さえ込むとどもりになる
口笛を吹くと梅毒になりやすい
オナニーし過ぎると早漏になる

などなど、聞いたことない?小学校高学年の頃、こういうことがまことしやかに話題になった気がするのですが。そうでなくても、女のオナニーは乳首が黒くなるとか、色々、「性的なことは悪いことだ」というような風潮は、私が小さいときはまだありましたもんね。

こういう誤解とかウワサとかは、性についておおっぴらに語れないので、真実を知る由もなく一人歩きして行っちゃう、と感じたキンゼイさんは、自分のクラスに集まってくれた学生たちに、自分たちのセックス・ライフについてのアンケートに答えさせる。そして、自らゲイバーに出向いて、当時異端者扱いされていたホモセクシャルの人たちにもインタヴューして回る。

で、キンゼイさんは自分自身がバイ・セクシャルだったということを発見してしまう。一緒にゲイバーめぐりした学生のクライドと、宿泊先のホテルで☆体験☆してしまうのですが、クライド役のピーター・サースガードがやたらフルチンでホテル・ルームを歩き回るので、

もうけた、もうけた

と思っていたら、クライドがキンゼイさんを誘惑し始めるのよね。あら?で、キンゼイさんは抗らうことが出来ずに、二人はものすご濃密なキスをするのですが。

こういうシーンを観ると、またもや『ブロークバック・マウンテン』てなんでそんなに騒がれたのかと思う。まあ、この映画では男同士のセックス・シーンはないけど、『太陽と月に背いて』ではモロやってたもんなあ。やっぱ、カウボーイが同性愛、というところが保守的なアメリカ人のカンに触ったのだな。そうとしか思えない。

とにかく、自分がバイであることを知ったキンゼイさんは、本当に愛している奥さんのマックに正直に告白するのですが、マックはキンゼイさんを愛しているがために深く傷つく。キンゼイさんは、今の結婚制度は人間の自然な欲求に則していない、という結論に達し、キンゼイさんとマックとクライドは、奇妙な三角関係を続けることになる。そして、ある日クライドは、マックともセックスしたいと言う。マックは「私もクライドとしたい」と言い、自分がしたのにダメとは言えないキンゼイさん。こうして三角関係はますます奇妙になって行く。

この三角関係のエピソードは、ウィキとかでは「と言われている」って感じで、真実だったかどうかははっきりしないのですが、キンゼイさんが自宅で学生たちにセックスさせてフィルムに撮ったり、ということは本当に行っていたらしい。あくまで研究としてで、下世話な理由ではないようですが、当時はかなり変人と思われていたようです。

いや~、キンゼイさんってのは興味深い人だったようですね。でもこの映画で使われているネタは、他人が書いたキンゼイさんの人となりとかウワサとかも含まれているようなので、全部鵜呑みにしちゃいけないみたいですけどね。映画としては、キンゼイさんはセックスで悩んでいる人を純粋に助けたいと研究を始めた、というスタンスですが、人によってはキンゼイさんは性に対してかなり変わった嗜好をもっており、それを正当化するためにかなりバイアスのかかった研究をした、と言う人もいるようです。

ま、でも、本人の動機がどうあったにせよ、性について堂々と語っていいのだ、としたことと、たくさんの人の性生活を調査して公開したことにより、自分は異常なんじゃないか、と密かに悩んでいた人たちを安堵させたというのは素晴らしい功績だと思いますね。映画の中でも、ある女性がキンゼイさんにこんな話をします。

子供が大きくなったので働きに出るようになったら、一緒に働いている女性に恋してしまった。こんな気持ちになったことはなかったのだけど、自分はおかしいと思い、気持ちを抑えてきた。そのためにアルコール中毒になり、夫には離婚され、一文無しになった・・・・・でも、あなたの本を読んで、レズビアンは異常じゃないと思えたので、正直に告白してみたら、相手の女性も私のことを思ってくれていた。彼女と一緒になって3年になるけど、生涯で最高のときを過ごしている。

と言って、キンゼイさんと握手をします(ハグだったかな?)。なんか、このシーンはジーンときちゃいました。普通、誰かを好きになったらウキウキするものだけど、逆に悩んじゃうというのはかなり辛かっただろうなあと思って。

邦題の『愛についてのキンゼイ・レポート』・・・・。これは名邦題なのかコケたのか、良くわかりませんね。というのは映画の中で「愛について研究する気はないのですか」と聞かれたキンゼイさんが、「愛は数字にできない。数字に出来ないものは科学的に扱えないのだ」と言うくだりがあるので、それをそのまま受け取れば、「こんなはっきり愛じゃない、と言っているのに、この邦題・・・・ちゃんと映画観たの?」ということになります。DVDのカバーも、アメリカ版はキンゼイが文字の中に立っているショットだけで、奥さんとベッドに入っている写真は使われてなくて、キンゼイがどういう研究をしたか、というストーリーに重きを置いているように見受けられます。

日本ではとかくほのぼのラブ・ストーリーにしたがる傾向ありますよね。そういうのが受けるんでしょうね。でも、この映画に関して言えば、映画のスタンス自体がキンゼイを善意の人と描きたいがために、奥さんとの間の愛と絆みたいなものを強調しているので、あながち間違った邦題でもないかなと。どちらにせよ、原題の『Kinsey』よりはずっと魅力的なタイトルだと思います。

key Word
映画 愛についてのキンゼイ・レポート ビル・コンドン リーアム・ニーソン ローラ・リニー ピーター・サースガード ジョン・リスゴー ティム・カリー
映画を見て、思ったこと | コメント(6) | 【2008/07/14 07:29】
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『太陽と月に背いて』-恋愛に安定はないっ!
Total Eclipse

『Total Eclipse』という原題では、「なにやら知らんが、すごい映画らしい」とずーっと知っていたのですが、『太陽と月に背いて』という邦題があるのは全然知りませんでした。Total Eclipseって、日食・月食って意味でしょ?完全に重なる、と言いたかったんじゃないのかしら。(やらしー)

太陽と月に背いて
dvd on amazon.com
Produced: 1995
Directed by: Angnieszka Holland
Writing Credits: Christopher Hampton
Cast:
Arthur Rimbaud: Leonardo DiCaprio
Paul Verlaine: David Thewlis
私、レオくんて、いいと思ったこと一度もなかったんですけど、なんかすっげえ綺麗くない、この映画のレオくん。人間の一番きれいな頃って感じ。お肌つるつるだし、すらっとしてるし、唇は官能的だし。『ギルバート・グレイプ』や、タイトル忘れちゃったけど、デニーロとヘレン・ハント(だったよな)と一緒に出てた映画(デニーロがなんかべらんめえ調の、すっげえ悪いオヤジ役やってる)で、レオ君の確かな演技力は知ってたんですけど、この映画では超破天荒なアルチュール・ランボーのアティテュードを大熱演!これはものすごい魅力的な人間ですよ。

しかも同性愛ときたもんじゃ、これは日本の女の子はちょっとハマってしまいますよねえ。この映画がかつてあったにもかかわらず、なんでみんなあんなに『ブロークバック・マウンテン』に大騒ぎしたのだろう?この映画のポール・ヴァレリーも結婚しているのにアルチュールと浮気しているし、ぶっちゃけ暴力夫じゃないか。あ!そうか、これはフランスのお話だから。アメリカ人にしてみれば、フランス人がこのくらいイっちゃっているのは当然の話なんだけど、アメリカの男らしさの象徴とも言えるカウボーイがホモやってはいけない、という「大騒ぎ」だったのだな。

これは2人とも詩人、つまりアーティストだから許されると思うのですが、すごいですねー、デカダンスですねー。もー観ててあきれ返っちゃいました。でも、正直なところ、私はこの気持ちわかるのよ。ゲージツというものは自分を掘り下げることであり、自由でいたい、何者にも縛られたくない、しかし相手は自分を見てくれなくっちゃいやだ、という相反する感情が、アルチュールとポールを泥沼の「恋愛駆け引き」にいざなう。。アルチュールは若いし、自由だし、怖いもん知らずなのだけど、それがポールの愛や金銭的援助なしには存在できないところが辛い。ポールの方は、アルチュールとの刺激的な生活に惹かれる反面、退屈だがすごい巨乳の奥さんのことも捨てがたい。要するにミッドライフ・クライシスなわけですな、この男は。

で、この2人が愛し合い、裏切り合い、傷つけ合うわけだ。これは恋愛ですよ。恋愛ってのはこのくらい激しく、情けなく、暴力的なもんだと思うわ。だから結婚した後の「愛」っていうのはすでに恋愛ではなく、そうでないところにそうでないものを求めるのでみんな上手く行かなくなって離婚しちゃうのではないかしら。恋愛に「安定」なんてものはないのよ。

とまあ私の恋愛論はどーでもいいのですが、なかなかロマンチックな映画です。ポールと別れたあと、アフリカでちょび髭生やして大人の演出をしているレオ君に笑いましたが。

Related Article
■レオナルド・ディカプリオ出演作品一覧


PS:映画のレオくんがあんなに綺麗なのに、それを反映したポスターがネット上に一枚もないつーのはどーいうことなんだ。

key Word
映画 太陽と月に背いて レオナルド・ディカプリオ デヴィッド・シューリス
DVDレビュー | コメント(13) | 【2008/05/24 20:40】
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『痛いほどきみが好きなのに』-滑り込みセーフ?! 2007年一押しかも?!
The Hottest State

昨日、2007年を振り返る記事を書いて、今年のベスト・ムービーを書いたばっかりなのに、最後の最後に大物が出てしまった。『ウェイトレス』も恋愛のパワフルさを教えてくれたけど、イーサン・ホーク監督作品『痛いほどきみが好きなのに(The Hottest State)』はもっとキョーレツ。『ウェイトレス』が左ジャブの連打なら、『The Hottest State』は右ストレートで、前歯4本くらい欠けてしまったって感じだ。

Hottest State, the
Produced: 2006
Directed by: Ethan Hawke
Writing Credits: Ethan Hawke
Cast:
William Harding: Mark Webber
Jesse: Laura Linney
Vince: Ethan Hawke
Sarah: Catalina Sandino Moreno
Samantha: Michelle Williams
崩壊家庭で育ち、今は大都会NYで独り暮らし。役者を目指しているが、自分の心血を注げるようなものはまだ見つかっていない20歳のウィリアム(マーク・ウェバー)が、誰かと強く繋がりたい、固く結ばれたい、という気持ちが痛いほどに伝わってくる。大都会の若者らしく、サラ(カタリーナ・サンディノ・モレノ)とバーで出会い、色んな話をし(NYを歩きながら、ダイアローグだけで見せるこのシーンは、イーサン・ホークのかつての主演作『恋人までの距離』を彷彿とさせる)、サラのアパートの前でキスをする。3日後にはサラがウィリアムのアパートに、短期間ではあるが転がり込む。

「でもセックスはなしよ」

とサラは言う。

「自分のアパートを見つけたらね」

サラは、ミュージシャンになりたくてNYにやってきたので、恋に溺れたくないのだ。だからセックスしたくないのだ。ここで私は「そうか!」と膝を叩いてしまった。セックスを許す、というのは、「あなたと怒涛の恋愛の波に流されちゃってもいいのよ・・・・」と宣言することなのだな。

とにかく、誰かとの繋がりを求めていたウィリアムが頭っからこの恋愛にダイブしていちゃうのはまだしも、かつて痛い目に会い、恋愛で自分を見失うのはいやだ、自立した一個の人間になりたい、とあがらうサラが段々と変わって行くところはもう、「ダメ!ダメ!」と思いながら「行け!行け!」と後押しもしたくなってしまうという複雑さ。特に、妊娠や性病を心配し、コンドームなしでは絶対にセックスしないと言っていたサラが、ついにウィリアムを受け入れた時に

「プロテクションしてる?」

と聞くと、ウィリアムは

「・・・してない」

と言うのだが、その時の高揚感に勝てずに流されちゃって、

「It's OK!」

と言ってしまう!ああ~。女心と秋の空。

そうやって人生を棒に振ったのが他でもない、ウィリアムの母親、ジェシー。ローラ・レニーが演じているのだが、これがサイコーに可笑しいキャラ。イーサン・ホークがコメンタリーで、「Loser Mom」と呼んでいたがまさにその通りで、若かりし頃の過ち(=一目惚れ)でウィリアムを身篭ってしまい、結婚生活は破綻、そんな中で人生にシニカルな意見を持っていて、ウィリアムの恋の悩みに対して、夢も希望もないようなアドバイスを与えたりする。これがもう、内容もさることながら、ローラ・レニーの演技が大爆笑に可笑しいのだが、自分の母親がこんな感じだったら、結構孤独だろうなあ、と思ったよ。

それはさて置き、セックスすることによって更に深ーく、激しく恋に落ちて行くウィリアムが、もう、痛々しいほど純粋で、胸が詰まる思いになる。あんな風に人を愛す、というのはどんなもんなんだろう。見た目でもない、性格でもない、「サラの考えること全部が好き。サラがドレスを選ぶところ、サラのお父さんの話、サラがチョコレートを食べるところ・・・・全て好き」

なんかこう書くと、ありがちな恋愛ドラマに見えるが、『The Hottest State』がちょっと違うのは、全てが痛いところなんである。確かにありがちな恋愛の描写、そもそも、恋愛なんて結構みんな似たりよったりじゃない?でも、この映画は恋することの高揚感を描いてはいても、いつもギリギリ危ないところにいるのだ。ウィリアムがサラを愛する愛し方、わーあんなにずっぽりハマってみたい、というのと、ああ、あんなに心を全開にしたら、引き裂かれてしまう、という怖さが表裏一体なのだ。だからもーハラハラドキドキこの恋の行方から目が離せない。

案の定、終わりはやってくる。ウィリアムはサラを愛し過ぎてしまうのだ。ウィリアムがメキシコで映画を撮っている間、ギャラの半分はNYへの電話代に消え、たった3時間早く帰ってくるために$700も散財してしまう。わ、わかる!恋は盲目とは良く言ったモンです。

しかし、サラは喜ばないのである。サラはウィリアムの愛に窒息しそうなんである。なんたること!ウィリアムの気持ちもわかるけど、サラの立場に立ってみれば当然なんである。この辺の描写が残酷なくらいリアルで、最初のセックスのシーンの高揚感からこのシラ~っとした感じへ、まるで自分が恋愛しているようにどん底へ突き落とされる。マジでTVの前で頭を抱えてしまったよ。

ウィリアムとサラの恋愛の行方だけでもかなり濃縮度高いのだが、ここにウィリアムの両親の話が絡まってくると話は更に深みを増す。ウィリアムのほとんど狂気ともいえるほどのサラへの執着は、実は子供の頃失った父親の愛、母親の涙が原因じゃないかと思わせる。クリスマスの日に、父親・ヴィンセント(イーサン・ホーク)を避けるために、ジェシーが泣きながら幼いウィリアムを乗せて車で近所を走り回り、帰って来るとヴィンセントが待っていて、ジェシーと口論。ヴィンセントはただ、息子にクリスマス・プレゼントを渡しに来ただけで、すぐ帰ってしまうのだが、それさえも感情的になってしまう両親。親が離婚した人ならわかると思う、あの辛さ。辛い、という言葉では表しきれないかも。大人である両親が、自分が完全に頼り切っている大人が、ああいう風に感情むき出しで怒鳴りあったりするのって、怖いというか、不安定というか・・・・。私も良く父と母が口論しているのを見て、泣いたり心配したりしたから、なんとも胸の詰まるシーンだった。

そして、サラとウィリアムの関係にあれだけハラハラしていた私が、実は一番泣いてしまったのは、ウィリアムが父親・ヴィンセントに会いに行くところなのだ。13歳になったら引き取るから、一緒に暮らそう、と言いながら連絡してこなかった父親。大好きだっただけに恨みも深い。サラに捨てられてハートがボロボロに傷ついているウィリアムは、ヴィンセントに辛くあたる。ヴィンセントは、ウィリアムと仲良くしたいけど、できないのもわかっている、何を言っても心が通じないのがわかる。でもじっと耐える。

もう、この時のイーサン・ホークが上手いの!この人本当にチンピラ風というか、イマイチ信用できない男というか、だからこそリアルな、アメリカの平均的な四十路男というか、その悲哀、情けなさ、けして人間できている立派なお父さんでもない、ウィリアムのお母さんとの結婚も離婚も上手くやってきたわけでもない、でもだからこそ人間臭いというか、ウィリアムに「許せない」とか、自分の母親と上手くやれなかったくせに、俺とサラのことにアドバイスなんかできるのか、とか辛く当たられて、黙ってしまうところなんか、「その通りだよなあ」というのと、ウィリアムの心が傷ついているので、何も言い返さず、ただひたすら耐える、という優しさがチラチラ見え隠れして、涙が出てきてしまったよ。

最後は、サラとウィリアムは落ち着いて二人の間に起こったことを話し、それがこの恋の本当の終わりとなる。初めて出会ったカウンターを通り過ぎていくウィリアムを見ながら、涙が出そうになった。もう戻らないのだから、終わってしまった方がいいのだけど、やっぱり辛いなあ。でね、その後、ウィリアムが運転する車のバック・シートに、若かりし頃のジェシーとヴィンセントが、幸せそうに抱き合っているんだよ。

それを見て、「あー恋愛っていうのは永遠じゃない、終わってしまうものなのかもしれない。醜く終わってしまうものなのかもしれない。でも、だからと言って美しくないわけではないのだ」と思った。例え一瞬でも、そういう気持ち(the hottest state、すなわち「最も熱い状態」:このタイトルは、「最も熱い州」=テキサス、というのと、激しく恋してる心持ちをかけていると思う)になることに対する、恋愛に対する賛歌だと思う。

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Key Words
映画 痛いほどきみが好きなのに イーサン・ホーク カタリーナ・サンディノ・モレノ ローラ・レニー
心に残る映画 | コメント(11) | 【2007/12/31 22:40】
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「嫌いなら観なきゃいいじゃん」と言うほど馬鹿げた理論はない!とアジテイトする『姫のお楽しみ袋』

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